広報じょうほく No.134 1974(昭和49)年 5月
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広報じようほ〈昭和49年5月15日(5)各区長さんから提示要望された調査に基づいて調査し、議会建設委員会の現地調査を経てヶ所づけをし予算に計上したもので、あくまでも地域住民の要求度の商いもの、優先順位の上のもの、緊急度の高いもの、などを全町的な立場から検討されたものです。事業を進めるに当っては④部落において《概ね用地の折衝が完了したヶ所から逐次新手する。洲装工燕はその巾貝が概ね4メートル以上とし、用地は原則として寄付とする。@舗装工事は直営で施工し、必要な労力は部落奉仕をうけること、する。豊かな住みよい常北町をつくる道路…四年の計画計画の基本▼r▼’▼▼▼’▼『▼『町の道路は総延長357陽あるが現在までに舗装されている道路は約35桧で、その舗装率は、一○%弱で、他町村に比べ非常に遅れている。ことしは町道の改良皿本、4832脚、舗装肥本、4725肘《排水嫉伽等5ヶ所を計画(別項参雌)し遅れをとりもどすとともに生活環境の改善に努力することにしている。西郷農筋-lU坂向のる必。用が宙T蓮が改菖も爪芝L尺。〈ので棚「Ilい改に木木交道木使でい木貝状良よ岐障陣ilU路障い愛まがの態、る近と払障11!!ルー、た護す生挟で補道のない祥のこいし。えいす修路交るをと生さもて道か路・にの通枝励な虹、一"の手路ぶ線特よ仙機葉行る、払でをはさはにつ傷関はしこ竹いす加みり、機てはの道たと水・えん益排械は、急路いが、てな々水の追町期の。多茶広の悪沸入いが.直い樹〈も〈もらつ行大上の等美のなななけな型、ではしなつくいなう化砕石の投入」グレーダーによる均し作業によって補修をして行くが建設課の道路パトロールによる捕修ヶ所の発見以外に各区から、「どこに」「どれだけ」の要講によってきめ細い袖修を行って行く考えです。機械の入らない路線については部落の自主的なご協力をお願いすることにしたい。道路の愛護道路の補修▲▲▲▲▲▲△ことしの道路整備計画◆町道改良計画◆町道舗装計画4.雁(約2間)を一伐簿するF|と。茶耐は雪害などにより路面に倒れて障害になるので路側から1肘離して栽柚したい。現に路上にかぶっているのは除伐する。◎構造物の建造道路に面して建物、塀等の構造物をつくる場合は路側より鋤〜帥耗ン陣川内側に建てるよう誼計するとともに、塊界の不明なところは建設課に連絡して立会を求めるようにすること・◎草を捨てない道路に雑草を総てたり、側淋及び道路蝋に麦わら、たばこから等を長期間放置しないこと。小勝勝寺白後八安米坂見兇井'幡!!!本渡沢椛沢沢||西西一上|現前束県表坂坂迦常前道前り北中線線線線線線線線線1150130224380320000?003.000013トノトノト』トノトノトノトノトノ卜三ル1ル1峰IルIル1ルIルIル1ル目.●』.●一町観音様線稲荷神社線川町一丁目線アジラー保育所線下古内東電線、乙つ○ワfw叫句J『j、凸〃則へびqJw“FDワjへ。w叫勺O弓fワ白牌Ⅷ◆排水整備等国県道の改修粥北町を縦枇に走る国県道は、国道一二三号線、県道笠間・常陸太田線、石塚・石岡線、水戸・茂木線と4本あり、その改修はひどく遅れ、その伸びは少ないが、ことしは別項のとおりかなりの予算がつきました。茨城国体が終る来年は、県道改修に大巾な予算がつくよう、国や県に対し陳怖活動を◎石坪岩七塙樫.増樫明上.上磯仲樫神井崎ツ当ン井当神泉野野坂坂坂溜坂峠ク、新町泉恨表田当り田本坂卜線線線線線線舗線線綿綿線線線線装112341451425526700055659000427000005040トノトノ1J卜"ト〃トノ卜"ト〆トノ#'トダトノトノトタルI'しI心'外I恥Iル$jとIJL1ル1JLldtl‘Ll'LIOLl屯一だけ《Ffhjf1あるのではない。堅歩へシミ敬地の入手難から、ことしの住宅建設は簡易平家建第1種1棟4戸、同2桃1棟3戸を南団地に行ないます。なお同団地からの汚水を処理する施設をつくり住みよい環境づくりにつとめます。峡開しなければなりません砺坦…藍唾…畢毒唾~…、●笠間‐l常陸太田線、勝見沢地区(道路改良)460吋●石塚石岡線増井地区(特改l神)480岡●打塚石岡線上入野地区(舗装新設)700肘(排水嬢附)RuハUハUし州●水戸茂木線下古内地区(特改い二二三号線堺到西地区言岬転卓歩行者道)850将胤町営住宇一は?戸県道国道…;ー。一a./***'員蜂壷賎縛需謬繊新もLく架'ナも肌氏載床ノ病(上古恥国体へスポーツ茨城県ぐるみ-qR1-JJl

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