常北町勢要覧 1992(平成4)年 3月
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◆参加した人・綿引真一先生(石塚小学校〉飛田正和<ん(石塚小学校6年生小山敦子さん(〃谷津希輝くん(〃萩谷幸子さん(〃鉄道が走っていたって、本当?ピカピカ例コミュニティセンター魁町働新しい顔。萩谷そんな大昔のころの旅はきっと大変だったんでしょうね。そういえば、この町にも鉄道があってお父さんが乗ったことがあるって聞いたんで、すけど。先生茨城交通の鉄道跡のことだね。確かにここには昭和2年に御前山や水戸までいく鉄道ができて、走っていた時期があるんだ。けれど昭和41年にまず石塚から御前山まで、そのあと44年には上水戸~石塚間が廃止になってしまったんだ。小山どうしてですか。先生時代とともに交通も生活もいろいろ変化していくものだからね。じゃあ今度は町の新しい施設を見てみようか。トレーニンクゃセンター、コミュニティセンターはみんながよく利用するんじゃないかな。小山本を借りに行くことがあります。あと、スポーツ大会とか。先生体育館としての設備が終っているからね。絵画展などの展示や産業祭などにもよく使われるね。トレーニンク識センターには、ほかにも、,200人収容の会議室や視聴覚室、お茶やお花のできる和室、それに調理室もあって、ill丁民のための公民館の役割も果たしているわけだ。飛田今度、新しくコミュニティセンターができますがビんなことに利用されるんですか。先生コミュニティセンターは、いわば町の顔、シンボルとなるところかな。町の文化の拠点となるところだね。ここには全部で約600人も収容でき、本格的なコンサートもできるホール、図書館などがそろっていて、いろいろなイベントが行われることになっているんだ。これからピカピカのコミュニティセンターを利用することができると,思うな。谷津今年の音楽祭が楽しみだなあ.ノ先生町には古い遺跡もあるし、新しい施設もある。歴史のあるものは守り、新しい施設はどんどん活用して、どちらも町の財産としてみんなで火.切にしていきたいね。先生水戸や御前山へいくのに、だんだんパスや車を利用するようになって、乗客が少なくなってしまったんだ。私鉄だからお金が入らなければ運営してい蔭ないからね。残しておきたいというみんなの希望霊あったらしい。最後の側は別れを傭しむ人がいっぱい乗ったそうだよ。でもいまは、鉄道跡はきれいミニ整備されて、代わりに車が走る道路に変わったん丈谷津でも写真でみるとずいぶん新しいスタイルのデ葡一ゼルカーだったんだね。ちょっと乗ってみたか一参たなあ。一一頭口

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