広報 しろさと No.041 2008(平成20)年 6月
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先日新聞に水戸市民の有志が「桜Ⅲ門外の変」を題材にした映画作りを進めているという記馴がありました。吉村昭原作の『桜田門外ノ変」を映画化するようでありますが、井伊大老襲撃を決行した肥名の中には城里町から鯉淵要人(旧上古内村)と卿子金八(旧石塚村)の2名が参加しており、また、この小説の中には、同じ水戸藩で旧孫根村出身の加藤木賞三の名前も再三登場しています。小説は、井伊大老襲撃の指揮を執った関鉄之介を主人公にこの聯件を描いております。彼は江戸での争闘ののち、実に1年8ヶ月余りのⅢ、支援将の所などを転々としつつ身を潜め、追っ手を逃れ新潟県関川付の荒川峡まで辿り蒲きますが、最期は水戸藩吏によって捕縛されています。私もこの荒川峡を通った事がありますが、潜行しながらよくこのようなところまで辿「桜由門外の変」映画化③り聯いたものだと感心するとともに、江戸時代の人は懲外と広範囲の交友関係を持っていて、悩報通信網の発達した現代の人達よりも濃い人間関係を築いていたのではないかと思います。「桜田門外の変」について、評価は様々あると思いますが、司馬遼太郎は自らの耕諜『幕末』のなかで、「耽られた井伊直弼は、その暇も虹大な歴史的役削を、斬られたことによって果たした。三百年幕軍の最輔鋭といわれた彦根藩は、十数人の浪士に斬りこまれて惨敗したことによって、倒聯の推進者を踊動させ、そのエネルギーが維新の招来を早めたといえる。」と蘭っています。志を持ち、戦い、散っていった者述の行いと尊い命が歴史を動かしたとするならば、彼らの魂は救われるのかもしれません。映画製作の成功を祈っているところです。F皇杉菜生ふ僧らしき非ぞ青く生ふ飯田勇一たんぽぽの皆南向く土手静か山崎正行愛らしき蛎賜なりけり塊るる田所厚子薬飲む父すぐそばに君子鮒竹内幸子ふるさとのばあちゃん抵咲きにけり飯村昭子錠水仙みんな私の方を向く今瀬多代美終ひ風呂ゆったりと聞く初娃仲田まらゑ走り根の形いろいろ洲しぶき商椅芦江閉め切って音に聡くて恋矩煙飯村愛子夏燕ついとくぐりし橋の反り鯉測寿美思花大根色あざやかに和みけりいそべきよ蝿の鍵目深に被る夏帽子森静江初鰹農夫となりL子を待てり瀬綜博子北傾斜ぜんまい採ろ人の思いやり岩下金司谷澄みて鷹飛びたらて鳴き残す田ロ勝元田植終え和む夕べの酒美味し富田多蔵文芸しろさ進IL巻一日燃えたつ革を抜きおれば冬眠蛙が脱を出しおり大森久子介護未だ受けずに藻せる日々なれど物忘れ激しく迫れる党ゆ佐川曾窃や白髪の増ゆる恕ひに北風吹けば干し大松の渇きの早し杉山みらこ幾たびを祝いくれしか誕生日愛の灯りを一熟に吹きい営木ふみ江春彼岸ひと液ふきたる風なぎて墓の春煙天に攻はるる所美恵子土井さんと「きぽう」を執せてエンデーハーは宇宙の間をきらめかし飛くり青柳京子夫の癌はすべてに手当てせしとふも死の告知にみな石のごと鶏す山形式妙「シンデレラ」挑み終えぬ州に幼謙は眠れりかぼちゃの脇収に揺られて瀕蕊蕊雛騨鰯鑑秋山愛子山の青さの中に其処彼処真っ赤にもえる山つつじかな阿良山ウメノ点滴の窓より見える鯉淡さくら花景優雅に泳ぐ岩下迩子チュウリッブ陽光浴びて競え突く赤いグラスの花見の宴仲田こう瓜連のボタン桜に誘われて人々の群れに花まさり突く富田欽子都会では味わいないね新緑の緑の風とこの良い空気岩下美知野戸我が家をかこみて嘆きL山桜花の飾りL灘の山かな鶴田すが山ツッヂ典赤に萌へてあざやかに亡き夫形見花のうるわL市川災子強風は杉の巨木を倒したり裂けたる幹の春のなまな史し枝不美ゆらゆらと風次ぐままに揺れながら柳はそれぞれ揺れ方異に十片見和枝広大な「風土記の丘」を占めて炎く機糎を古代の人も愛でしや般慧寺のL絢儲爾減幅落花ふみ行くは寂しかりけり島愛子毎狩り摘み放題に頬張りては幼ら園内を飛び廻りをリ多田忘保子朝あけに逝きたる麺のいとおしき声に押されて仕事を始む坪井きよ子水仙の群れは職g券の使者子球を迷れて今年も来たる萩谷登喜子小雨降る浄土ヶ浜に観光船を追いてかもめは入り乱れ飛ぶ富田佐智子而柳擬禿げ頭無侭乗車の蝿止式り撒水効三郎主語の倣い会話が弾む老夫婦北野武夏川ではしゃぐ子等見る父の頗永井英陽のしかかる雲へジョギング白い忌中島芳春名物を食べたくなって途中下車山木隆荘Ⅱ~7百広報しろさと2008年6月

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