広報 しろさと No.012 2006(平成18)年 1月
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やおよるずの神あけましておめでとうございます。この原柵を醤いているときはまだ喝月ですが、私は今年の元日も地元の神社詣でをしようと思っています。近ごろは、毎年、地元神社の元旦祭に出ていますが、以前はお寺の元旦参りなどをしたこともあり、自分でも自身の宗教、宗派のこだわりのいい加減さに気付いています.しかし、考えてみると日本人大部分がこのような暖昧のなかにいるのではないかと思っています。最近の結婚式は、教会で牧師さんによる挙式が多くなっていますが、それとてキリスト教を信町長仰しているようにも思えません.外国では、宗教の違いによる戦争も珍しくありませんし、宗教宗派を峻別し過ぎているのではないかと思うほどです。私たちの周囲を見ても、山の神を祭り、酒を飲み、蕊奉殿のお稲荷様を作る、また氏神様を拝むというようなたくさんの神様が日常生活の中に溶け込んでいます。いわゆる「やおよるずの神」(八百万の神)が土着しているのだと思います。町民の皆さんにとって、新しい年がたくさんの神々に守られ、良い年であります事を心から願っております。戸この内容は、町ホームページの「町長の部屋」の中でも掲賊しています。ぜひご覧ください。俳句立冬やいつかライカを手にする日一木雄一郎日記閲ふ少し迷ひて地味な色飯田函一吹かれつつ輝き昇る遊糸かな山埼正行怖熱を内に秘めをり万年帯め実今淑多代芙引き抜いてざはめく葱の白さかな鯉測斗美忠大入り日オレンジ色の冬に入る田所厚子枯苦太平洋へ土手長し飯村愛子アルバムと甘きコーヒー澄矩迷いそくきょ綿飴のごとふっくらと冬の璽高橋芦江校庭のぶらんこ揺らし空っ風阿久津あい子千柿の飴色夕日はね返す倣村昭子柿落葉友と二人の昼休み仲田こう白子ぬぐひ林稔並べて傷つかず竹内幸子朴落葉かすかに動き猫の斗燕田範子どっしりと石の山門石蕗の花仲田まちゑ違煙とかがやき強き冬の星頼谷博子9と年の瀬にめぐり来りし賀状書く岩下》美知野実暮しろきと倒れても尚咲き乱るるコスモスのか弱げなれど松本退し佐川あや「湯が締惚は如何ですか」とⅢきし日も杏くしてみ親の牡の顔顕つ杉山みちこ概十海を越ゆ机ど鍬とる箸ぴを与えて呉るる命荷む宮木ふみ江騨避灘睡灘雛瀞所美悠浮:つれあひの愛に包まれ来し炎妹の宝坐なりしよ幸猫なるぺし山形式妙刈り入れの盤えたる鍬ひろごりて白鷺の二羽優雅に件てり.‐置藤原千代一歳の曾孫は官葉解せずもわがもの宮えば体ごと笑ふ奇柳京子バックミラーに遠ざかりゆくふる里の夕塊空と老いたる母と渡辺千妙子泣き叫ぶ子は麻酔なき手術なり●全‐悉乙め被害に世界は支援雑王秋山愛子涼やかに虫の声ありて夕暮るる重ねたる糠の過ぎゆくひと日大森久子薄き紙を折る音に似る秋の雨微かにわれの心を包む高堀よしの大空に浮かぶ気球の数如何岩下通子俳顔と響かれた顔の優さ面で市川炎子短ゐ歌みちたりて恭誘即忘るるわが生活温室果実こたつにて食む山ロ栄畠小碧空に其赤に実るピラカンサ小鳥唄いてついぱみおりぬ阿良山ウメノ山の端を雌るる大き満月を息呑みつつ見つむ那珂の河原に薄井ひろ蚕を育てまゆ成らしめし緑きい4日が延りくる郷土沸料縮“散不美母には似ぬ一生と忠ひ母に似た司摺吻る逮命と忠ひつっまた冬を迎ふ片兄和枝渓谷の木々の錘紫は勝にぬ牧陽に煙きて虻を敬らせり川上千代子郎蝿の波守すゑ」ときすすき野の峠越ゆれば里の見え来たり舟鍵子大型店の肱きあかりに眼を釦む節砿なんてどこ吹く風よ多田忠係子ちぎれ露流れ流れてどこへ行く消えては浮かび浮かびては消ゆ“’坪井きよ子小豆胡麻芋幹廿籍紬子生美老い姉からの便届き来ぬ萩谷登署子滞在の仕率銘えて去眉へ部屋荷物無し笑顔で送った思い出難る和知美智子子等と行く旅が雄しと言う母と一行五人吾斐敬を越ゅ富田佐瀞子り昨I→新品の顔で出てくる初日の出山本隆荘1m広報しろさと…年1月

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