広報ななかい 第147号 1984(昭和59)年 11月
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(3)昭和59年11朋柑 な な か い 第147号 =‖=仙川川川‖l川‖==川‖l=lll 村議会 I日日IM‖‖日日‖ll‖lll川川M‖州 ◎七会村老人保健医療事業特別 会計の昭和五十八年度分の精算 に係る価遭金について専決処分 をしたものであり原案どおり承 認されました。 小勝在住の、根本弥平氏(79 才)が半世紀にわたる茨城農業 の地位向上、専売事業の発展に 貢献した功締が認められ「第21 昭和五十九年夢二回定例会は 九月二十一日より二十五日まで の日程で開かれ、上程された案 件について悼重に審議され原案 どおり可決されました。 ◇可決された譲葉とその概要 山びこの郷周辺整備毎 補正予算40ざ95千円 根本弥平氏「いはらき嘗」に輝く ◎七会村国民健康保険条例の 一部改正について 健康保険法等のt部が改正さ れ「退職者医療制度」が創設さ れるため条例が改正されました。 ※主な改正点は次頁を参照 ◎七会村医醗福祉費支給に関す る条例の一部改正について 医環福祉該当者も一部負担金 を負担することになるため従来 どおりその負担分を㊨制度で負 担するものです。 回いはらき賞」の栄誉に輝きま した。 根本弥平氏は、旧制水戸中(現 水戸一高)を卒業後、家業の農 いはらき賞 贈呈式(相月3=ヨ水戸市内のホテルにて) 三〇五人を招待 八十八才以上は十四人 ◎七会村数育委員会委員の任命 につき同意を求めることについ て ◎昭和五十九年度七会柑一般会 計補正予算(第二号)について 補正の主なものは、山びこの 郷施設整備事業、二一、二三〇干 円、同運営諸経費五、〇四八千円、 山根事業関係二、五二九千円、 林道整備事業一、五五〇千円等で あり補正総額は四〇、六九五千円 になります。 ◎昭和五十九年度七会相国民健 康保険特別会計補正予算(第一 号)について 診療所の土留め工事費一元五 二千円が計上されました。 九月十三日、花山運紗公園体 育館において、村内の七十才以 上のお年育三〇五人を招待し敬 老会が行われました。 村内の文化クラブや一般の方 業を継ぎ、山村における農村経 済の振興には、収益性の高いタ バコ耕作によるペきと、椀種的 に普及、技術相単に力を注いで こられました。又、石塚たばこ 耕作組合長をはじめ県たばこ耕 作組合連合会長、全国たばこ耕 作組合中央会副会長などを長期 にわたり務められ、専売公社民 営化問題や外国産稟タバコの輸 ・軍∵喜・ぢ‥・‥・V‥・‥烹・ソ‥・‥・‥・¥‥・¥‥・‥・‥・‥・‥・‥・‥・‥土石‥・‥・‥÷‥烹÷軍‥史・ぢ‥・‥・¥‥・‥・‥・‥・‥・ いはらき賞 な l う ち 〔目的〕 か ら 茨城県在住または 畑 在」靴あるいは県出身 に 看で、政泊し1 地■方自治・産業・杜 全・旭祉・科学・文 る 化およぴ■スポーツの 姿 向上発展に尽力し、 を その功績願琶虻傭人 または団体に対L. ■■ 人間題など生産農家の代弁者と して第一線に立ち農業の振興に 貢献されてきました。 昨年まで、たばこ耕作を続け ておられ、特に早起きは付近の 農家の人々には有名です。除草、 棄もぎりなど他の人がまだ起き 々の演芸等が披露され一日を楽 しくすごされたことと思います。 今年の敬老会も盛会のうちに 終りました。来年も又、元気な 顔で、敬老会が迎えられますよ ◎シートベルト着用運動を全村 民が強力に推進することを決践 し関係官庁に提出しました。 ◎国庫補助負担金率引き下げに よる地方負担転嫁反対に関する 決践がなされ意見書を関係官庁 に捷出しました。 ◎昭和六十年慶治水関係予算に 関する決議がなされ関係官庁に 提出されました。 ◎昭和五十八年度七会村農業共 済事業特別会計決算認衰 歳入 二q一九二、八五四円 歳出一八、三五〇、九二六円 が原案どおり認定されました。 教育香貝に、阿久津あやめ氏 (塩子)が再任同意されました。 ◎小学校統合問題について 村長は、長期にわたり統合に ついて調査研究し、その意欲も あると思う。統合の目的は、教 育効果にあると思う。現在の状 況から今後の対応をうかがいた ヽ一〇 -Y 永山 貞男 議員 村長1議員の皆さんと検討をか さねてきた結果、その中で分か ったことは、地域上一校統合は はなはだ難しいということです。 しかし、学校によっては建て 替える時期にきております。各 小学校共施設整備が遅れていま よく見かけ、その丹精ぶりは他 の模範となっていました。 現在、七会村農業協同組合長 として在職されており、今後と も地域発展にご活躍されること をお祈りします。 う健康に留意されお元気にお過 明治二十八年五月十四 日生まれ。昭和十二年七 会村議。二二十年から二期 八年県菅務める。三十 五年石塀たばこ耕作組合 長、四十九年県たばこ耕 作組合沖合含甚、五士. 年全国たばこ耕作組合連 合会別余技。 ′‘■′′-■′′ケ′′■′二′‘■一-””′′‘■′-■′”肋′仰”小”〝””′′勅 文 れ る すので、この辺で何らかの結論 を出したいと思っています。 ◎診療所の運営について 十月に中間報告できると言っ たが現在どのようになっている のかうかがいたい。 永山 貞男 議員 村長-十月に中間報告をし、十 二月に正式報告できると答えま したが十二月定例会前までには 結論を示したい。 ◎マイクロバスの維持管理につ いて 現在の村有マイクロバスの中 には古いものもあるが買替える 考えはないか 飯村 憲司 残月 村長-現在四台保有しており七 存 年 る る ん ど れ ′レ I JL ヽ 0 ・■, l_ ■し .′h l 、 ○ の 「検地帳」、それにその土 う た も の 見 分 化 し たいろいろな文書を大切 こ に な の わ と 「庄屋文書」ともいい、 村に伝わる古文書で代 のは、昔村の諸役を勤 官かた▲ゃんじ上 家に残る「村方文書」 なぬし 。これは「名主文書」 あらましを記してみま る で 財 て 機 は 聞 い 会 あ 係 る が る の 人 あ が 役 も り こ 職 少 ま れ 柄 く 、 し ら な た の ほ い の こ ○ 古ん が最もたしかな方法 現在わが村にも、百年、 いやもっと古い時代に 拍 う の が な 祖 行 暮 先 わ し が れ を 、 謹百方 当時書かれた文書 わが村の青史音について 七会村文化財保穫審議委員 大 森 旭し、そし ていたか いつの時 地にかかる税の割当てを書いた ・ ねん♂ 「年貢割付帳」、住民の出生、 死亡、婚姻など人の異動を記録 した「人別帳」、その他「五人 組帳」入会地を取決めた書類な どがある。村内にも江戸時代庄 屋を勤めた旧家には、この村方 文書を見ることができる。 ところで、私が見ました古文 書の中で、特に関心を待ったい 年以上経過したものもある。数 年後には更新する考えである。 ◎「山びこの郷」内での事故、 盗難等に対する亨えを伺いたい。 竜田 昌之 議員 村長-事故の原図が当方にある 場合はこれに対応しなければな らないだろう。本人の不注意に よる場合は当事者の着任におい て処置していただく。 ◎政治理念についての反省点 括力と心のやすらぎのある村 づくりを目指している中で小学 校の統合問題をはじめ、診噂所 の運営、産業の振興、道路網の 整備、高令化社会の問題等目標 達成は幽難と思うが補助事業等 を導入し推進する必要があると ▲写真は森一郎さん所載の年貢皆済光 義永14年(1.851) くつかを左にあげてみましょう。 一、大網の森一郎さん宅には、 大網村が寡永四年(一八五一年) の年頁を笠間藩に納めた時の皆 済覚書や、江戸時代の土地名寄 帳がある。 二、徳蔵の高田明幹さん宅に は、天保九年(一八三八年)の 文書で、徳蔵寺の寺頒である「御 朱印地御改始終」を記録した控 えがあり、当時の博徒総代が江 戸の牧野侯(笠間滞主)の屋敷 へ行き、未印地五石と寺中山林 すみつ・き 作木、それに諸役免除の畠付を 受け帰付するまでのことが記さ れてあった。 また当時徳戯寺は無住だった ので、同村光福院の憎悪勝を住 職に迎えるため、江戸の授章根 生院へ願い出たいきさつを記し た文呑もありました。 つづく 思う。又村職員が十分能力を発 揮できるようにされたい。 薗朝一二 親月 村長-絶えず前進のみを考え、 厳しい財政下ではあるが諸事業 を推進し活力ある村づくりにつ とめたい。現在産業の振興、教 育、生活環境の整備等横極的に 取り組んでいる。若者の定住促 進には就労の場の確保と併せて 企業の誘致に努力していく。職 員も各々の職務遂行に必尊な知 識を十分発揮できるよう研幡等 を行う。 ◎みなさん気軽に談合を傍聴し てみませんか。詳しくは請合事 務局まで ℡3111

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