広報ななかい 第91号 1969(昭和44)年 4月
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第91骨 広 報 か \ヽ 肘和44隼4月10日 (4) ノ・一●-●=■●●●・‥●●■●●●■■●●■-■●■●●●●●‥●●▼●l●●■一一●l■●■-ハ●●●■●■●・●●●●■l●■●■●●■●■-●●●●■■●●■●●●●●■■▲・ ミ新学期を迎えた子ともたちに… J●.一■●.・・.●●=・●.・・.,●■.・●.●●.●り.・●.■●●.・・.●-.●一l.・・.●●●.・・.●■1.・◆.●■.ハ.い.●-●.・・.い.●●い●.■・ 四十「一年度本校からの高校進 学者は、宰楽埴〓〇九人のうち 穴十八人が高校進学を希望し、 狭きnを突破して次の高校へ進 学しました。 水戸一高(一人通信制)二人 も楽しい岬期でもある。教室が かわり新しい教科否も与えられ 堰い冬からガ物成長の祁になる このような新予期こそ大切にし ていきたい。そして堅実なもの にさせたいと願ってぉります。 ふだんはなかなかゆうことを聞 かない子どもでも上級に進んだ という白党がわいてくるから、 このような心理を功みに利川し 水戸三高 緑岡高校 水戸蘭高 茨城拓校 国正⊥専 常北高校 笠削〃 〓立二筋 高校進学 「新人草と進級で 人きな落びと責任を 感じている」 新しいサ年が始ま って、それぞれの学 年が進級した。√と もたちにしてみると 一年生の新しい弟や 妹さんが入学してさ た。 とのサ咋も弟妹た ちがふえてきたから サ年始めはなんとな くえらくなった気相 がする。通学する√ ともにとってはとて 個性に合った学校を 七会中学校教諭飯川動静 一人 四人 二人 一人 」人 」人 ∵ハ人 ∴凶人 一人 以上草庵別人見ですが、卒業 生の進学率は年々増加の棚向に あり今年は卒業生の鞄%になっ ており、合格率でも決して他校 にまけないようになったと思い ます。 これは、相当周はじめ村民各 位の教育に対する探い瑚解と御 後援の結果と存じ深く感謝いた この九つの目標を口ざす予ども の理想像として学校活動全体を 5 この機会に一段えらくなったね うちを現わすように学習にも‖ 暗渠括にも一例努力して実横を あげるよう呼びけば東和な千と もたちは心を新たにしてがんば ろうとするぷ慾がわいてくるで あろう。 ◇本校の期待する児概像◇ 「こんなナにしたい」とムつ のH棟をかかげている。 大成女子高枚 瑞軒女子摘校 水.〃女子商校 〓本国民高校 豊洲家政学撥 水戸業容学僚 機業訓練所 徳蔵小甘校長 健康で明るい子 よく考え進んで勉強する子 よいことはどこまでもやり ぬく子 だれとでも助け合い碑んで 働く子 さまりを守り礼儀正しい予 楽しい学習は:‥: 健.康が第一 人人人人人人人 しておる次第です。 なお進学される諸君は、現在 の串輔が自己のカで磯村したも のであることのn信と同時に、 村や両親や学校への感謝の念を 忘れずに益々勉サに励まれるよ ぅ希望します。そしていつもい つまユも渚君の故郷である七会 を忘れずに今後の人生を立派に 送るよう期待いたします。 高校進学はその人の佃性に合 った高校を選ぶのが最もよいこ とであることはここでのぺるま でもないが、ややもすると学力 如何によって進サ校を進択する 傾向が見受けられるのは残念で す。あくまでも本人の将来を考 えて本人と親と光生と一体とな って進学校は決起すべきもので あると思います。 進学希望の家庭にあっては、 常に学校と辿絡を密にして、子 」 研究的な学校 これは本校が児聡に接し児亜を 磐目する出の姿勢と信じている ◇新入学児亜に対して本校とし ての親えの願い◇ とおし一人一人を見つめて努力 している。また√どもたちの学 門の場としての学校をとんなム ードにするか次の七つのねがい を臼様にしている。 ◇ムつの願い◇(サ校の姿勢) 1 失しい漁った学校 2 子どもがいきいきと活動し ている学校 8 持ちまえを仰ばし心を合せ 堀 宗 有 る楽しい学校 子どもと共に遊び働き学ぷ 学校 常に計画的で能率のあがる 例の学習状態等をよく知る必要 があります。一年生や二年旗の 父兄会への闘榔粛がここ数年非 常に多くなって火たことは大変 よい傾向だと思います。数年前 までは二一年生の進学父兄会はか り盛況だったことを思えば父兄 の節々様の御理解の深まったこ とを示すものと存じます。改め て説明するまでもありませんが 三年生になってからでは一寸お そい感があります。商佼進学を 望むならば少くとも中学一年の ときよりしっかりした方針を打 出して子供の進路をほっきり示 しておき、まよわずに学習でき るようにしておく必要がありま す。三年も三サ糊の頃受験させ てみるか、モらいのことでは希 望する砧校への進サはまず不可 能と存じます。いくらおそくて も中学にはいると同時にしっか 、 1 新人学の子供は生活環境が 一転する。 いよいよ小学校へ二十一名入 学する。子ともはむろんのこと 親たちも人膚びであろう。いず れにせよまず「おめでとう」と 心からご祝錮を申しあげ、同時 に小さな家庭情活から、大きな 半枚生活にと一変する。そこで =人草児を別な面から見てふよ 、可ノ‖l一 子供は一年に入学して学校と いう集団批活を離宮する(今ま では家庭近隣集団)どの子とも にも初めてのことである。勝手 もわからず気苦労が大きい。大 人でもそうであるように子ども はなおさらとまとうことが多く てひとく疲れるり親はまずその ことを認識することが大切であ ろうと思う。この認識の⊥にた ってとう子供に接するかを考え てゆくことが肝要であろう。 それには =緊張感をやわらげる= りLしふまいて、進学∴漁に進む ことが最普の道と考えます。 進学するし」「〓っても、柑肌な 教育は学校では考えておりませ ん、運動もすれば学問もする身 心共に健康な人が光尖した教科 の学習ができる、それが学力の 向hにつながるものであると椙 じてぃります、今年度卒業生は 一帖間も粕別な指導はいたしま せんでした。妬‖毎∩の学習を しっかりと山分のものとするよ う心掛けただけです、毎‖の予 習復習等は必ずする、そしてし っかりした視律ある生活、仕事 を概秘的に最後までやりとげる 根気親さは絶対に必要です。 明るい気分で過す晦〓の学校 生活が立派な尖力となゥて現わ れるものと信じます。 新人学の子ともたちは緊張と 気普労とでひとく疲れるから れをときはくしてザ校生活を楽 農協だより ◎農協婦人部も誕生 凶〃一[七会腿協婦人部が郎 月五宵六十名をもって設立、小 学校に於いて撼人に創止総会が 開かれました。 なわ続いて⊥久保弛桓の薦誠 に移り「家庭しし常朗のなかで如 人のあり山」について熱心に受 講され四川閉会された。 て、糾合月門九二名の山浦をも って、事業報告の承認と、本年 の即発計画が決起きれました。 しいものに噂く働らきかけが大 切と思う。 - 朝超してやるとき、登校の 総会開く 〃 三月二十‖、七会戊 協の糾十四年鹿追常総 会が聞かれ、放楽劇情 勢が柑に変転する現今 のなかで、般協に人き な眉根と期待とをもっ (校門まで先生に見送られて伸よく下校する新入生) 教職員異動 ◎転入者 新化佼 接名 氏 名 徳戯小 教頭 塩畑 地 小腰小 講神 川山悦子 規子小 校旗仁ヤ登押紙 〃 教諭緋現実心f ク 講師興野姐英子 七会小 校長 良川三郎 〃 教諭 小林功一 〃 大内芸子 〃 ◎転出者 新任枚 校名 氏 名 加奥m小枚栽 廉 誠一 高原小 数諭 鈴木 盈 城旧小 便長 波辺重信 宵山小 教諭 園部政夫 錮教委 枚尊王事 船締 進 羽肢中 教諭 薄井幸子 勇 退 〃 所幸 三 耳-二 準備をするとき、送り出すとき いつも笑顔で接して峻く爵しか ける。 2 学校から帰ったとき、虚道 で合ったとき必ず笑顔で「おか えりなさい」と声をかけてやる 子ともは「ホット」して安心す る。 8 学校は楽しい場所、先生は やさしいカ、友だちはぁんな良 い予というように諦して州かせ る。 4 草楳の㍑活、発ド仮のでさ ことをよくきいて、ほめてやっ たりかるく汗祀旭したりして熱心 にさいてやる。 5 とくにナともの総駿に対し て良いことは人いにはめてやり 火故はこれをけさ励して、二捜 ししあやよ㍉をくりかえさ・氾よう たしなめたりして指瑚するし 以-∵五つをぞえてぉりますが 人サ¶如はナどもに対して収什 でなく、しかん他傲や行場なと をうろさくゆうのでなく、たた ひたす・りに†校生清になじませ .)卜〓ブnu 渚桧県淡新桜新友 什1 川 釈放野原 丘探 郁枚 〝 塩 小紙Ill 子勝機佼 〝 〝 七 小 役場告知版 ◇.〃一〓付 小脇吏員(ト引補)任命 M征伐艮課住民係阿久津隆子 (同課臨岬職且) ◇川〃一日付 圧企画振興課良 阿久津広三 (川課長補佐) 小澱吏揖(主車祁)任命 経折離農柵係 阿久津和文 (森林糾合職員) 技術史員(新選婦)任命 診療所勤務 宵山 富子 (見習有産婦) 事務吏膏(玉串補)任命 企画振興課振興係鈴木 務息 (新採) 事務吏員(主事補)任命 福祉住民課国保係卜翻さだ子 (新採) 清水議員死去 川力上目譲合議員の滑水府一 氏(59才)が死上されました。 潤んで戒酔わ恵を揮けます。 この結果議〈ム歳月は十一名と なりましたが、補欠選挙は執行 されませんU 別4 4.1 学校は楽しいところと意識させ 毎日.邦気に進んでしかも仰よく 蔑校するようみちぴぐことが最 も大切なことだと思います。

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