広報かつら No.334 1998(平成10)年 3月
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去る二月十八日午後、村内 各小・中学生の代表と岩船小 全校生の合わせて約百名合同 による、鮭の稚魚の放流会が 行われました。 五年生の理科授業との関連 から、去る十二月に岩船小五、 六年生代表児童が常北町の那 珂川漁業協同組合を見学し、 頂いた卵約三百粒を学校数地 内の涌き水で膵化させ、飼育 日誌をつけ飼っていました。 途中、更に卵約三百粒頂きま したが、理科室の水槽では沢 山死にました。五年児童と岩 月先生の努力で失敗にもめげ ず涌き水ではすくすく育ち、 五センチにもなりました。村 教育研究会理科部の先生方の 問でも話題になり、各小・中 学校に働きかけ、教委、教研、 岩船小の共催による鮭の醇化 放流会が実現したのです。命 の大切さ、神秘さ、そして故 郷の自然環境を大事にする心 の教育として、意義大なる体 験の一つと考えたからです。 当日、増田教研会長、小林 教育委貞長、渡連理科部幹事 先生の挨拶、指導講話後、岩 村内小・中学生による 「鮭稚魚の放流云」行われる 船小わきの桂川付近に、飼育 稚魚三石匹と漁協分合わせて 二千匹以上の稚魚を、放流場 所の北方区長さんや引率の村 内校長、教諭の見守る中、膵 化場の森島主任さんのご指導 で放ち、子供たちは感動して いました。河川工事を一時中 断して下さった関係者、醇化 場の方々、茨大附属小学校の 温かなご支援等があり、何と か実現したのです。 明治九年、日本で初めて那 珂川で鮭の人工膵化放流が行 われたといいます。戻ってく るのは〇.二〜〇.三%だそ うですが、桂川には、複数の 堰があり、上流まで上れるか 心配です。でも下流域は現在 も遡上がみられるそうです。 太平洋、北海道北のアリュ ーシャン海域一万キロ以上を 旅してどれだけ戻れるか、三 〜四年彼の九月〜十一月頃の 観察が楽tみのようです。 子倶たちの夢を大切にし、 今後も放流会を毎年続けると のことです。 √ 岩船小学校二年 加藤木千里 今日、サケのほうりゆうを しました。ドキドキします。 はじまりました。げんかんの 前でいろんな人がサケのこと について教えてくれたので、 すこしずつわかってきまし た。しゆつばつしました。ゆ み子さんに「ドキドキするね。 あっちについたら、いっしょ にこ うどうしよう。」といい ました。 ほかの学校の先生にサケを もらいました。五ひきぐらい です。おもったより大きいで す。元気におよいでいます。 さかをおりようとしたら、こ ろびそうになりました。もっ ていたサケ二ひき、おっこち てしまいました。とろうとし たら、もっていたほうのさか なもおっこってしまいまし た。すると、六年生のゆきさ んが手つだってくれました。 わたしは、ゆきさんにれいを して、「ありがとうございま す」といいました。 川にサケをにがしました。 こわごわおよいでいました。 にがすときに、「元気で帰っ てきてね。がんばってね。」 といいました。いっぱいやり ました。ぜんぶで十四ひきで すむ学校に帰りました。今日 一日楽しかったです。この一 日は一生わすれられません。 邑■ 飼育中 サケを見守る手ども起ち (6)

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