広報かつら No.232 1989(平成元)年 7月
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:・・けJ.套:‡:広報かつら 7月号i・章・・・・‥・i寅・!!章il・・・・!i・・・・†・■ト・.・・.・・!!_圭・・・!・ 正常分子医学について 中国医学には、「医食同源」と いう言葉があるのですが、西洋 医学の祖ともいえるギリシャ時 代の医聖ヒポクラテスも、以下 のように述べています。「汝の食 物を医者とも医薬ともせよ。食 物で治せない病気は医者にも治 せないど このことから、西洋医学も病 が治るのは結局は自然治癒力に ょる、ということを知っていた といえます。 しかし、病原菌の発見、抗生 物質の開発などにより、西洋医 学は病気の原因を体の外に求め るようになりました。新しい医 薬品が次々と開発され、やがて 西洋医学は、抵抗力や自然治癒 力に関して、盲目となってしま ったのです。 こうした状態がしばらく続く うちに、先進国社会では、医学 と経済の発達にもかかわらず、 奇妙な病気が蔓延してきました。 すなわち、癌や心臓病などの成 人病と呼ばれる病です。 健康について(そ和L) 沢山診療所医師 菊 池 宏 典 それらの原因を探るために結 成されたアメリカ上院栄養問醤 特別委員会が、従来の西洋医学 が栄養という重大な点を見落と していることを指摘したのは、 一九七七年のことでした。 しかし、それより釣十年程前 に、栄養不足が精神障害や精神 病の原因になることに気付いて いた医師や、栄養素を疾患の治 療に使っていた医師たちが集ま って、一つのグループをつくり ました。これが正常分子医学会 と呼ばれるものです。 こうした医師たちは、正常分 子(通常私たちの体内にある分 子、つまりビタミン、ミネラル、 アミノ酸など)を、各人の体が 正常に働くように体内濃度を調 節することにより自然治癒力を 高め、疾患の予防と治療を行う ことを基本としています。 むろん、アメリカにおいても こうした医師は少数派であって、 いわゆる正統派からはいろいろ な批判がありました。しかし、 こうしたグループの主張は、年 食品というものを認め、一般の 医師たちもビタミン、ミネラル、 の役割を再認識し始めたので、 わが国でも栄養療法派の医師た ちが、自由に活躍できる日が遠 くないのかもしれません。 々重要になってきています。 日本では、厚生省は長い間栄 養療法なるものには批判的でし たし、多くの権威者も白眼視し ていましたので、一部の医師が 細々と行っていたに過ぎません しかし、最近厚生省も機能性 節は春のぬくもりとなる ( 山かつら文芸 肌 壷山の梅一輪に心足る 桐原 肇 義山の霊のいぎなふ藷棒 金長 渓夫 美しく生れて雛の流さるる 仲宮 亀次 馬洗ふ名残りの水場猫柳 小林 忠之 猪野一江 風の普窓をたたきて湯の宿に雇 ねられず語る姉と妹 宮本ふみ江 老い妻の心づくしの漬け込みに 粕漬の鮭の味わいよろし 桜井 肇 白蓮の株やうやくに求めきて六 年め七つの膏ふくらむ 佐川 あや 老眼鏡かけてルーペに板みつつ 誤記なくすべく確と辞書引く 樹下には堆肥つまれてその上に 落椿おもく雨に濡れをり 広木葉津乃 幸蒔き我かと思へるこの日頃李 杉山みち子 家内中揃ひて弁当開きたる上に ぴら 散り来る梅の花弁 石井きぬ子 眩しくも草萌え出づる畑にゐて 春雷を聞く遠く近くに 大森 久子 映像の空中戦を呪みゐる夫の瞳 に近寄り難し 高堀よしの 春風に桜の花の吹雪く中入学の 母子ら喜びつつ行く 山形 式妙 生きる事に化粧も忘れ修羅とな りし若き日を思ひつつ爪を切る 綿引 栄子 北風の街より入りたるデパート は暖かくして春の服並ぶ 渡辺千妙子 落人の里にも過疎の時代来て家 や墓捨つる醍村者つづく 小林 忠之 以上文化協会文芸部会員作品 「あいさつは,笑顔をそえて心から」

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