広報かつら No.163 1983(昭和58)年 9月
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群発就摂☆凝寄託#綴喜詫嘉嘉露盤嘉義軍♯誅求繋窪葦♯共謀業潔謀議凝広報かつら 9月号鹿掠困り詳 いい汗かこう〃‥ 村民運動会 日頃忙がしい農作業も忘れ、 子供からお年寄りまで、みんな が参加できる、村民運動会は10 月10日(体育Ⅵ日)、多彩なプロ グラムで行なわれます。村民こ ぞってスポーツの秋を楽しみま しょ、フ。 各大字対抗による稔合得点制 (8種目) により競われます。 大字対抗種目は ○リレー(男女共)、○綱引き ○分団対抗リレー(消防団) ○紅白玉入れ ○おかtなクロッケー (60オ以上) ○むかで競争(30オ以上、女子) ○ボールはさみリレー (駐在正副主任、駐在員) 尚今回から大字別の色を決め ました。 赤--1上阿野沢 黄--」下阿野沢 自 - 下 坪 エンジ ー1高 根 グレーー 上 坪 紺 - 錫高野 青 - 孫 根 茶 - 高 久 紫-・・・ト・・阿波山一区 グリ」ン ー 北 方 キミドリーー一葉 ピンク ー 赤 沢 サックスーーー阿波山二区 オ▲レンジト1岩 船 ふるってご参加ください。 ク 泌艶麗藁爾 った。まる一年間は棒ふり、防 具をつけての稽古を許された時 は剣豪気どりだったことを覚え ている。この頃から小学校にも 武道が入り、木刀が整然とかけ られるようになった。剣道の対 私が竹刀を握 ったのは小学枚 四年、担任だっ た馬場先生が学 年の希望者に特 別の指導を下さ ったのが始りで ある。当時は日 華事変中であっ たが、まだゆと りが感じられた 頃である。学校 に講堂が出来る まで、教皇、運 動場での稽古だ 外試合はほとんどなく、学校の 先生方との稽古に汗し、疲れを 知らぬ時代だった。戦争が拡大 されるにつれ、世の中はまさに、 柔剣道のみになった。当然精神 面、実戦(人を斬る)が強調さ れ、殺伐そのものだった。そん な時代であるから、屋内から屋 外へ、袴からズボンにゲートル の出で立ちと様がわりだった。 戦後、武道有識者の努力によ.っ て現在の姿になったのもそんな に遠い話しではない。 去年の四月、村のスポーツ教 室にたま〈顔を出したのが縁 で、子ども達との交友を続けて いる。幼稚園児、小中学生約五 十名が週一回、村体育館に会し ての稽古は、私の楽しい日課と なっている。 約二十年近く、剣道との係り が無かった訳であるが、年なり に竹刀を握ることの出来る今、 剣の道の程遠いことの感を一人 強くしている。部長河井忠弘、 三村好夫、河井広美、所秀雄、 所克己の各氏とともに、子ども 達に武道に励む喜び、苦しみ等 他で体験出来ない思い出をぜひ 与えてやりたいと願うものであ る。 t ( ●お<やぁ(八月分) 大学名 氏 名 錫高野 小林篤三 赤 沢 君嶋一将 下 坪 今瀕すて 高 久 介川勝者 阿波山 富森 昇 阿波山 鹿木由佳 阿波山 飯田俊洋 高 久 加藤大樹 高 根 加藤 徹 阿波山 萩谷心一 阿波山 閲 孝憲 北 方 青柳亮一 孫 根 青柳勝敏 ▼おめでた(八月分) 大字名 氏 名 保護者 第七固体力づくリバドミ ントン大会出場者募集 0日時-10月17日以後毎月曜 日午後7時30分〜 9時50分 0場所-村民体育館 0参加費-千円 〇申し込み期日-10月12日 詳細、申し込みは教育委員 会へ 俊 囁 正 誠 英 秀 四 六 八 七年 -・四【四 一→ 七齢 仔u. 虐 郎 栄 穂 雄 けP 一月 幸 三

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