広報かつら No.151 1982(昭和57)年 1月
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針闘掬礁朗は髄削は扱麗摘潅漑緋鯉灘那摘繍翻醸輝融闘 広報かつら1月号酢業㈹嘉 『第一回男女混合 バレーボトル大会盛会』 昨年12月13日㈲、男女混合バ レーボール大会が行われた。 選手合計年令が270歳以上、男 子ほ3名のみで、後衛専門とい う特別ルールによって行われた この大会は、大字、学区、職場 などで結成され、12チームが出 場した。 一回戦は、・それぞれ3チーム ごとのリーグ戦、二回戦はリー グ戦の勝者によるトトナメント 形式で行なわれ、みごとに阿波 山Aチームが優勝した。 お父さん、お母さん、青年、 それに応援の子供たちと家族的 なにぎわいをみせていた。 参加者からひとこと 小林 政夫 今年度初めて、開催きれた男 女混合のバレーボール大会に出 場してみて、始めて、バレーの ボールに接する機会にめぐまれ ました。 大会前に練習を三回程行いま したが、いずれもうまくいかず 若い人についていけるか心配で した。しかし、いざ大会当日に なって選手の面々をみて、一安 心した次第です。 選手合計年齢が二七〇歳以上 との規定により、いずれのチー ムにも同年輩の人達がいたから です。日頃使われない背筋力等 倍用し体の方が驚いていたよう ですが、ここちよい汗を流し、 若い人達と壊し、精神的に若返 ったような気持ちです。 予選二試合にフル出場しまし た。これからも機会があれば出 場してみたいと思います。大変 有意義なひとときでした。 / /し ll ■■」■1 齢期を迎えての生き方を仲間同 志が考え、それに備え頑張って います。 健康第一を合言葉に体力つく りに、張り切っています。瑞な げは月二回とし、一日と+五日 に定め空地を利用して実施又百 私共の老人ク ラブはありふれ た平凡な会であ ります。会員は 七五名で七〇歳 以上の高齢者が 約七〇%を占め ています。 高齢化社会の 急速な進展と流 動する社会変化 に円滑に適応す るようみんなで 学習しあって高 一▼ 寿会の数え歌、流行歌、民謡と 元気一杯終日楽しく行っていま す。 子供達の遊園地の清掃花だん の手入と環境美化に務め汗を流 し働く喜びを楽しんでいます。 自然資蘭の活用については毎年 二、三回エビラ造りの講習会を開 き永年貯えてきた知識や技術を 後世に伝え後継者育成に務めて います。指導者は会員中の熟練 した方によって寒竹「クマササ」 の材料の選びよりはじまり屈み 方を指導し初心者にても一日一 個完成出来ます。自然にある材 料を生かし立派な生活必需品と して役立ちます。開発による材 料壊滅のため資源保有が急務です。 今年度のクラブ活動の目標は 未加入者の加入の推進と、寿大 学生の受講内容報告を如何にし て老人クラブに伝達するか。社 たけぽうき 会奉仕として小学生に竹寄道り の据導、雑巾の寄贈と計画し着々 と成果をあげています。老人ク ラブの信条が示すよう健康で社 会のため協力し奉仕活動を通し 仲間同志の心のふれ合いを深め、レ クレーションにより健康保持に つとめ生活環境の整備を図り明 るい豊かな、たのしい村づくりの 翰を広ずるよう努力いたします。 轟訂 上下下北 阿下北高高上下赤岩大 阿 波 宇 野士下f下方 山 王下方根根‡下士下沢船名 沢 孫 上下 北上阿北 下 阿大 阿 波 阿 波字 根士下野方 坪 山 方 野 山 名 沢 沢 下 上錫 高 菜 坪士下 野 ▼おめでた(十二十二月分届出) ●お<やみ耳÷十二月分届出) 氏 関 金長 杉山 宮本 加藤 石川 廃木 宮田 亘 小林 正裕 今瀬 直樹 皆川由紀恵 蓮田 由美 洋 二 氏 名 青田 進 船橋 保 青柳まつの 廣木きよの 大津午之介 小堀 もと 小田部 鼎 平塚 尚美 加藤木つね 勝村 利 三村 やす 小林 清 斉藤 タケ 名 岳夫 好三 貴俊 学 史晃 光次 正憲 晴通 伸史 保護者 一男 征一 勝 男 洋 光 明 登亀男 直 也 弘 夫 五 郎 正 道 忍 正 志 八 八 五 入 七 四 六 セ セセ 八 四 八年 0 0 八 二三 一 七三 五 九 三 六 ○ 齢 毎月第3日曜日は家庭の日 ≠家族そろって話し合おう”

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