広報かつら No.142 1980(昭和55)年 12月
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#(9)減耗広報かつら12月号※※※詫罪猿※減光謹洋楽洪菜楽※業誰某罪端野試誰某詫謹試試※就業詫 日本人の寿命は、戦後急速に 伸び、男七三オ、女七八オと古 希をはるかにこえるまでに、長 寿を楽しめる時代になりました。 長寿ということは、それだけ 老後の生活が長くなることであ り、老後の生活安定は、私たち にとって、大きな関心事になっ ております。 わが国の高齢化 社会の並行は わが国では、寿命が伸びる一 方で、出生率は低下しており日 本全体が年をとってくる。いわ ゆる高齢化社会が急速に進んで います。 年金コーナー 私たちと 国民年金 一老後の備えと年金- 昭和五十四雪い月現在で六五 オ以上の人口は、一〇三〇万人 で総人口に占める割合は八・九 %ですが、昭和七十五年には一 九〇〇万人で一四・三%と現在 の欧米諸国と同水準に達し、そ の後昭和九〇年頃は二五七〇万 人(一八・五%) でピークに達 することが予想されています。 このことは、二〇年先、三〇 年先、私たちが老後になったと き、直面する問題であり、この ような高齢化社会になれば、老 後の生活は、それをさきえる若 い人たちだけに頼っているわけ にはいかないことでしょう。 本来、私たちの生活は、自分 自身で守るよう努力しなければ なりませんが、なかなか思うよ うにはなりません。そこで、国 民全体が力をあわせて、お互い の生活を守っていくことが必要 であり、年金制度は、このよう な考えにたってつくられた制度 です。このうち、国民年金は、 わが国の国民年金の 知見恕蛙 農業、商業など自営業者を対象 とした制度で二〇オから五九オ まで加入することになっていま す。県下の国民年金加入者は、 六六万人を超え、県民絶入口に 対する割合は、約四人に一人が 加入しているという現状で、厚 生年金とともに年金制度の中核 をになっています。 一方、福祉年金を含めた年金 受給者は、老齢年金を中心に年 々増加して、二五万八千人の方 々が年金を受けており、六一四 億円という巨額な年金が支給さ れ、県民所得の向上に大きな役 割を果しています。 桂村での受給者は 尚種村での受給者は、福祉年 金を含め一三〇八人で三億一千 二百万円です。その内訳は、老 齢年金六八七人で一億六千三百 万円、通算老齢年金三四人で三 百万円、短期給付者(障害、母 子、寡婦)嬰一人で一千九百万 月、福祉年金は五四五人で一億 二千七百万円です。 このように、国民年金は、私 たちの生活の中に、すっかり根 をおろした制度として発展して おり、物価スライドなどにより 将来とも頼りになる生涯資産と して、私たちの老後の生活設計 に大いに役立つことでしょう。 老後は必らずやってきます。 今の内から国民年金に加入して、 老後に備えましょう。 くもの城 小幡 水夫 犬小屋の電燈笠に 〈もの巣が作られていた 家族で夕食していると そのしろに一匹の蛾が 無情にも かかり動けない くもは よろこぶよ、フに さっと釆て とりこにしてしま、つ 〈もは 今夜も 城を守っている 清友会紅葉観 山崎 栄水 水更に碧し 天空音清 行人賢血む嵐甥疇 千載変転 人識や否や まじわ 酒を汲み詩吟ず 清友の交り 歩く会に参加して 杉山みち子 桂に生れ 暮し 何ごとにも 余り参加することのない私 初めて第十二回桂村歩く会に参加す 九時役場前を出発 ゆっくり〈歩く 山の紅葉を眺め 歩きなれた 田ん圃道 初めて通る赤沢地区 ザ??キ哀 詩 おしゃべりの長い列は続く すみ透る空 朝の日和は変り 日光 那須山下風の 木枯が 川の流れに乗って 何んの支えもない 運動公園を 吹きまくる 私達 敷き物のビニールを 背中にかぶるようにして ふるえながら弁当を食べる 高校生のきぴきびした指導に 子供達はレクリエーションを始め 私達グループはねころび遊ぶ 参加した思い出に 運動場をマラソンで一周しようか と ゆっくりかけ出した。 嫌が後に続いた 甥も続く 私を追い抜いて 振り向いて笑っていった 小学生の甥若い者には勝てぬ ふだんの運動不足が良〈わかる いや 歳のせいかな? 石塚小学校水戸の水肝グランド 一町七ケ村の代表でかけめぐつた 遠い〈昔を思い出しながら…: 一呼吸に四歩ずつ走った 息が切れる ついに完走 おじいちゃんも 二コ′ト笑って見ていた つぎの日も疲れはなかったみたい もっと年配者の 参加がほしかったと思う 楽しい人生の一ページ

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