広報かつら No.121 1979(昭和54)年 2月
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ヽ 、b つ ・カ 報 広 (7)昭和54年2月20日 第121号 祖国触れて早八日目、全員大元 気、天使たちの街ロサンゼルスに 名残を惜しみウエスタン航空で一 時間半カジノのメッカ、ラスベガ ス空港に着く、むっと息づまる熱 気、日もくらむ陽光、気温四二度 さすが湿気が少いので日陰はしの ぎよい。果てしない砂漠のどまん なかに忽然と湧いて出た様な街並 目も玄惑される様な白赤緑の建物 がひしめき、一方はるか目を転ず ると岩肌の山並が見られ、ほるで 私の訪米視察記より 桂村議会議長 仲 田 武一 空想画家が造成した夢幻境をおも わせる。一行は直ちにセスナ機(十 人乗の小型飛行機) に分乗して有 名な大峡谷グランドキャニオンを 約二時間で機上見学。グランドキ ャニオンは二十億年にも及ぶ地球 生成の歴史をそのまま物語ってい ると言われる氷河時代から今日ま で何世紀の間、ロッキー山脈に源 をもつコロラド川が大地を浸食し 堀り下げられた大峡谷である。峡 谷の長さ三四七粁谷の深さ一七〇 竹野力之介さんのオレンジ農場 (前号記載) ○米、絶壁の最高二六四米、谷の 幅六粁より三〇粁、その谷間を縫 う様にとぶセスナ機両絶壁に今に も衝突するかと冷汗をかき、上下 前後左右にゆさぶられ、エヤーポ ケットの話ではない、勿論五千万 円の保険どころか全く生きた空も ない骨青い顔。私は最後部なので ゆれ方がひどい。それも最初だけ 次第に誰も活気を戻し、∵メモや靖 影もする様になる。急ば黒雲が出 たかと思うと縦長いの稲妻、大粒 の雨が窓を打つ、それも二、三分 で何回も繰り返す。湯やインデア ン部落のある曲折したコロラド上 流に進むにつれ、眼下は限りない 広がりをみせているツオル葦原ま たコロラド川沿いに世界最大を誇 るファバータチや湖畔レジャーセ ンタ1の人造ミート湖、ロサンゼ ルスの水源、南カルフォルニヤの 潅漑や電力源になっているそつだ。 そのスケールの雄大さと自然のな せる偉大な造型美はいかにもアメ リカ的だ。地質学の宝庫、地球形 成の生きた標本ともいわれており、 二時間の見学はただ自然の驚異の 前に身のしまる思い。やっと生気 を取り戻した一行は、いこいの旅 館に案内されたが、むっとする人 いきれ魅惑と興奮のるつぼにいる 各国人の集団大パチンコかと思っ たが、よく見ると広いロビーは現 ナマが動く大賭博場に驚いた。 三階以上が今晩の宿泊室、一人歩 きの外出貨サやシスコ以上の厳 禁で、いこい所か別世界に送りこ まれた様だ。ラスベガスはネバタ 州ではじめて法的に認められ、今 日の様に砂漠の中に開けたギヤン プル (賭博)ショウビジネスそし てスピード結婚、離婚の街で有名 驚く勿れ、億万長者の夢誘うラス ベガスは世界各国より集った観光 客より一日約三億ドル〓ハ00億 円) の日銭をカジノにより稼ぐと は、アメリカの銀座の名にふきわ しい。ネバタ州面積の九〇%は国 有地で、この広大な砂漠を開拓し た歴史と異民族集団アメリカの底 力をまざまざ見せつけられた。同 じ日本人、心合わせりや生甲斐あ る心のふるさと桂作りをふと何か 心の動きを感じた。 (つづく) あなたにもできる人助け 愛の献血に御協力下さい と き 3月23日(金) 午前9:30~午後3:30 ところ 桂村中央公民館 共 催 城北ライオンズクラブ 桂 村 役 場 村営住宅 入居者募集 一、入唐資格 ア、現に同居し、又は同居しよ うとする親族がある者。 イ、現に住宅に困窮している者 り、入居中し込みをした日にお いて月額四万四千円以上、 八万一千円以下の収入であ ること 二、家賃月額 一万三千円前後の予定 三、入居中し込み受付予定 昭和五十四年一万十日から 四、入厨申し込み受付場所 桂村役場建設課 五、入居者の決定▼ 昭和五十凶年三月下旬 六、入居開始 昭和五十四年四月上旬 七、その他詳細については、桂村 建設課にお問い合せ下さい。 昭和五十三年度建設桂村営住宅粟 団地概要 場所 桂村大字乗字雨避堂七二三 -五 戸数 十二戸 規模 建坪五一二七鵬 六畳一間、四・五畳二間 台所、浴室、便所、押入 交通 茨城交通パス、水戸〜野口 中葉バス停徒歩一分位
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