広報かつら No.114 1978(昭和53)年 7月
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、b つ 報 広 第114号 昭和53年7月20日(6) ミスも芸のうち 笑いころげた たばこママさんバレー 常北地区管内のタバコ耕作組合 桂村婦人支部長飯村なみさんが率 いる、つわもの揃い四十七名の婦 人連は、意気揚々と常北中学校の 会場に乗り込んだ。 「桂村は、3チームも参加したの で優勝も桂村のものですヨ、桂同 志で決勝戦を行っている夢を見ま した」と広木朝子主将が試合前に 語って居た。 しかし、競技を開始するやいな や「オレッ、球は何んで言う事を 聞かないのだ。ヨツコラショ。や だネⅠ。転んじゃうペよー」館内 はたちまち爆笑のうずとなった。 それでも北方の加藤木きよし輌キ ャプテンは、「お父さんは、私を一 度も誉めてくれないが、会場の皆 さんが、私のプレイに最大の柏手 をしてくれました。この年になり 良い思い出をしました」と語った。 下阿野沢チームは、緒川と善戦し たが、前半の一セットを守り切れ ずに惜敗の涙をのんだ。準決勝は、 棲選抜で争ったが、七会の青年婦 人部の若さの前に一矢を報いる事 が出来なかった。しかし、たばこ の生産高は、管内一番の収益を上 げて居ります。 試合の結果は次の通り 北方パアちゃん′0対2七会青年 下阿野沢ファイト1対2緒川婦人 桂村ヤングママ 0対2 専売公社 桂タバコ選抜 0対2 七会青年 桂音頭も 輪なげも 生きがい 今回は、輪なげ鴨志田会長と有 線放送高須さんが、赤沢の輪なげ クラブを訪問しヰレた。田の水引 きと、陸稲の除草の忙しさで参加 者が少なかったが、一汗流したあ と皆が楽しそうに語ってくれた。 石崎しげ「息子が夢中で野球を するのを理解できなかったが、ク ラブに参加する様になり、私も心 が広くなりました。おかげで媛の 理解も出来て濠の中が明るくなり ましたノ 小沢長次郎「庭で輪のかわりに 小石を利用して練習しています。 終ってからの桂音頭を歌うのが楽 しみになりましたL。 石崎丑書「俺は、背すじを伸す のが気特長いです。足の先から頭 のテッペン迄ピンに向うのが体に 良いようです。」 君嶋造次「病気等で寝こむと気 がふさぎ込んでし辛つ。皆と一緒 になり、他人に負けまいという頑 張りが私をささえてくれますヨ」 大畠国彦「月に三日の集りです が、桂音頭を歌って踊るのが楽し みです。増々農兵仕事にも精が出 ます」 クラブの成績は……… ①石崎丑苦250点 ②小沢長 次郎240点 ③君嶋造次195 点 ④石崎 ⑤大畠 〝お早ようリーグ〞 自主運営で 発足する このほど、桂体協ソフト副部長 小林由伸氏の呼びかけに、6チー ムのクラブ代表が会議を持ち、毎 週日曜日の早朝五時三十分から七 暗まで岩船小学校グランドにし て、地区の親睦と体力つくりを目 標にソフトボールお早ようリーグ 戦を開催した。 六月十一日の高久対北方戦を皮 切りに、6チーム稔あたり十五試 合を計画した。桂村としては、始 めての試みで、チームの協力と、 家族の支援が得られなければ仲々 成功出来ない事です。 各家庭の生産に支障を釆たさな い努力と、早朝な亀故に怪我のな い運営と成功を期待したい。 第⑦試合からの日程、7月23旦晶 久対孫根、⑧7月30日高根対錫高 野、⑨8月6首北方対岩船、⑲8 月20日高久村錫高野。 ′lヽ 生産があっての家族と村の繁栄 です。そして豊かな心に明るい社 会、仕事も体力づくりも共に頑張 りましょう。 rl・】rltr-trtlT-1rll-1rltrllrtlrllr・l-11rtl二r・l 人事異動 rlllllllニー■ll - 1こlll■lllrllllllll■l一l■rtl■ltl - 七月一日付( )は旧職 稔弘志係長悪路夫 (給食センタ1副所長) 農政課主事 小林 祥宏 (建設課技術吏員) 建設課技術吏員 加藤木康治 (企画課主事) ぎー一【■一㌔-1=∫与■=′ミ■∫一と=■チ■「■tぎ■■I三∫l-三ダ≡ミ■∫■■【■こ′ミー■∫皇ミ∫星一■∫i■一≠ミー■きit お め で た 大字名 氏 名 保護者 阿波山 大沢 晶 克一 上 押 佐藤由貴子 悟 (六月届出) おくや み 大字名 氏 名 年齢 高 根 大畠 あさ 七三 上阿野沢 長山 清 五二 庚木一 七一 乗 上 坪 興野ちよの 五三 二ハ月届出) ′、\ l
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