広報じょうほく No.290 1986(昭和61)年 12月
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亡日本の住宅総数は三千八百六十一万戸です。そのうち「持ち家」は六二・四パーセントを占め、残りは借家です。日本人の持ち家率六二・四パーセント-これはァ裂剛麹一六四・七パーセント)並みの数字です。○広さはアメリカの三分の二日本の住宅の規模を部屋の数で見ると、平均四・七三室。十年前の同じ調査より、ほぼ○・五室増えました。これを諸外国の部屋数と比べてみると、アメリカ五・一室、カナダ五・四室、西ドイツ四・五室、フランス三・七室と、部屋数に限っていえば日本とあまり変わらないことがわかります。しかし、部屋の規模などにはま垂誉_轄乏-識蕊蕊一の的国際居住年は、スリ・ランカ定目首相の提唱を契機として昭和決と五十七年に開催された第一一一十七年緯回国連総会の決議によって正式住経に宣一一一一言れたものです.居国際居住年とは原語を直訳際すれば「ホームレス(家の無い国人gのための住居の国際年」一▲世界には、家のない人々が約一臆人も:.だまだ差があり、依然として主要先進国の水準には達していないと考えられます。たとえば、新しく建設されている住宅の延べ面積を比べてみると、日本は八三・一平方メートルで、アメリカ合衆国(一三五平方メートル)の三分の二にも及びません。○一人一室の主″となる日本の住宅の室数と世帯人員数を比較してみると、一室当たり○・七一人となります。昭和三十八年の一・一六人と比べると、この二十年間にかなり改善され、今では一人で一室以上を専有できる時代となりました。○四畳半から八畳半へ部屋の広さは、畳の数に置き換えるとピンとくるものです。昭和三十八年には、一人当たりとなります。この言葉が示すとおり、国際居住年は、開発途上国などの深刻な居住問題を背景として設定されたものであり、世界各国、特に開発途上諸国が、それぞれの国の貧しい人々や恵まれない人々の居住問題を、西暦一一○○○年までの長期的な展望に立って改善していくことがその主な目的とされています。の畳数は四・九一畳でしたが一・十年後の四十八年には六・六一畳にアップ、さらに十年後の五十八年には八・五畳と、二十年前のほぼ倍近い広さを一人で使えるようになりました。◇◇◇統計で見る限り、日本の住宅事情はかなり改善されてきました。しかし、まだまだ多くの方が住まいに何らかの不満を侍っていることも事実です。国際居住年を契機に、より良い住まいと居住環境の盤備を、一層進めていきたいものです。。◎◇昭和61年11月分建設工事等契約状況11月中には、次のような建設工事等の契約が締結されましたので、お知らせします二一一一一一-一=一公民館・トレセン休館公告;町公民館及びトレーニングセンターは、i次の期間休館となります。O休館期間=昭和61年12月28日から62年1月4日ミ「定期休館日12月29日~1月3日L臨時休館日12月28日・1月4日一一’、雲←休場あんな町民のみなさんの運動場として親しまれている町総合運動公園各施設は年末年始の次の期間休場します。昭和61年12月29日から62年1月3日まで’3広報じようぼく-293-工事名道路改良排水整備護岸復IE工事場月大字那珂匪〃勝見炉〃下古味工事期間11/5~62.2/211/5~62.1/(11/5~12/1工事金額14,000千’4,10(1,30(施行業者名三村建設河原井建設根本工業契約年月E61.11.〃〃所雀建設調〃(樫当川)
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