広報じょうほく No.257 1984(昭和59)年 5月
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のどあたたかく茶が喉をゆく旅の果て今瀬剛一春野きていささか疲れたる齢荒井碩雨身を反らし春一番を送りけり加藤鉦好持てるだけ筒持たせ娘を帰す猿田道男鉄塔の点々として春こだま原勝男魚の鮮度かv一手ばんはごさり出るのは、えらと目。古くなった魚は、えらが茶褐色や黒味を帯び、それも、古くなるほどカサカサにちぢんでいます。また、一目もどんよりと濁っています。一新しいものは、えらがきれいな血液の色をして水々しく、目もf錘月イキのいい魚の見分け方r~司Iも.蕊…認澄んでいます。その他、新鮮な魚はひれに弾力性があり、軽く叩いてみると、ピンとはね返って立ってきます。。弾力のないのは古いものです。幼な日のつばな撒きなと思ひをり軍司けんじ摘み草のあと心地よく疲れけり浅野菊枝はっきりとその日を生きてどじょう堀る袴塚末子引潮の素足にふれて桜貝高橋芦江春光にうずくまる人亡夫かとも鈴木静枝の砿⑰ざ和械竿立つ瞬間の無風なり綿引英子藍布に梅の匂いを刺しこんで宮田初枝白鳥を見に行く約束だけ残す竹内幸子/~、〆、瀞比Fも.吉報は堂にあふれてフリージヤ瀬谷博子小雨降り森は木の芽の勢揃ひ飯嶋とみ忙しくなりそうな田の青き踏む大越典子春光に舞ひあがりたき園児服いそべきよ春の日の洋薗の位置かえてみる吉元つる代畦塗りの疲れし息を天に吐く阿久津あい子叩い呂稽古はや穂麦の青さ水盤に見持多美子手を振ってかるい別れの春ショール飯村愛子嫁ぐ髪ととのえてをり花曇寺山みさをおび淡き芽の白さ脅えて春一番長須きみの蓬摘む指先白し都会っ子小田木梅麦を踏む独りに暮色はじまれり鯉測寿美恵〈城北句会選〉成功させよう科学万博つくば的,=一幸冒君=看…=…一…醒訳…=砥虎達P、垂涯一二全島=一増’雲写涜一色・緑色のも加えた五点セットというのも見かけます。こいも世につれ、ということでしょう。寂しかろうというわけで、最近は、赤・黒・青の三匹セットが流行しています。なかには、黄一畔毒嘩淑に岬鎚}一」韮坤識搾御畦一ロン地↑さお峰軽金属と今様一になりましたが、こいの絵柄は一昔とあまり変わっていません。一サイズのほうは、都市部は団一地サイズの一メートルからニメ-1トル止まりのもの、郡部では一五メートル以上のものに人気が一あるようです。五月五日の節句には《男の子の数だけこいのぼりを揚げる。昔は、こいが三匹も四匹も泳いでいる家が少なくありませんでした。子だくさんの時代だったのです。ところが今は、子供二人が標こいのぼりr可中国で嵯竜門(黄河の上流にある)を登ることのできるたこいは竜になるといわれ、立身出世のシンボルとされています。日本では、江戸中期から今日のようなこいのぼりを飾る風習が出てきたようです。近ごろの若者は、立身出世よりも自分の趣味に合った馨らしを望むようですが、五月五日には、やっぱり立身出世のシンボルを飾りたいのが親心というものでしょうか。こいのぼりがさわやかな風になびく五月は、地上では自転車月間です。昭和五十六年五月に「自転車の安全利用の促進及び自転車駐車場の整備に関する法律」が施行されたのを記念して定められた月間です。これを機に、自転車のマナーや安全で楽しい乗り方について、家族で話し合いたいものです。。蝉考舞要-零雪垂…一導毒堅華嘩報…=孝一…『……一三=呑奪=……蓉畢〃可厩寸…’9広報じようぼく成功させよう科学熊つくば'85-873-
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