広報じょうほく No.256 1984(昭和59)年 4月
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私は昨年四月か皇青少年相談員として、町における青少年の非行化防止と、青少年に常に深い理解と愛情をもつ地域住民と相協力して、健全なる青少年を育成するために、微力ながら努力してまいりました。さて、現代の子供たちをとりまく社会環境の中で、子供たちは今親に何を求めているのか、もう一度じっくりと考え直してみるべきではないでしょうか。それは、親とのふれ合いをもつことが、その一つにとり上げられると思うからです。今、青少年をおもちのご両親のI青少年祖麟潰の声Ir一可親と子のふれあ斑蕊識識蝉譲鐸》零少年時代をふりかえってみれば、誰しもほぼ同じ生活と遊びをしてきたことと思います。しかし、現代の子供たちは、家の外での遊びができないといわれています。各種の統計にも見られるように、家の中でテレビを見る時間が多く、プラモデル作り、友達の家の個室で過ごすこと等が多いのが現状です。家の外では、子供用品専門店、ゲームセンター等への出入り、高年令では、オートバイを利用して県外まで足をのばして、短時間で広施囲な遊びをしてくるという、親が信じられない程の行動をします。個人で遊ぶか、子供同志では小グループでと、決まった友人に限られるようです。学校から帰宅した場合、両親が多忙で留守だど、日常会話がなく自由勝手に行動するという生活になりがちです。こんな時ほど、朝夕一緒になれた場合、学校の出来ごとや様子等を、真剣に聞いてあげることが、心のふれあいの第一歩になると思います。日曜日や休日等には、忙しい中、己、fv、をF一コいも時間をさいて親と子か簡単にできるスポーツ、たとえば、バトミントン、キャッチボール、ジョギング、なわとび、サイクリング等、身体を通じての心のふれあいを求めることが大切でしょう。子供をつくらない夫婦が増えているようです。育てるのが面倒だ、育児以外にしたいことがたくさんある、どんな子になるか分からないので心配だ、などというのがその理由です。しかし、自分たちを信頼しきっている幼児、日に日に大きくなっていく子供たち、その成長の姿を見ているのは楽しいことです。そしてまた、子供は無条件にかわいいものです。何のために子供を産み、育てるのか。これは難しい磁問です。しかし一度はじっくり考えるべきことです。家名を絶やさないために、自分たちの老後を見てもらうために。以前はこのような理由が挙げられました。自分ができなかったことをこの子供にやってもこのようにして、親が子に聞き出すということでなく、自然に子供から親に、何事も話すことができるようにもっていってこそ、親と子のコミュニケーションが成り立ち、健全なる青少年育成につならいたい、自分の仕事の後継ぎになってほしい、こんな理由もあるでしょう。しかし、子供の未来を親が勝手に決めてしまうのはかわいそうです。子供は確かに自分たちがつくったものですが、生まれた日からすでに別の個体です。独りで動き呼吸しやかで自分の意志や感傭をもつようになります。子供が心身ともに一人前になり、もって生まれたものを十分に発揮できるように、無償の愛を注いでいくこと、これが親の務めではないかと思います。子供には子供の人生があります。子供の人生の最後まで見届癖癖都唾塗雲詫摩武俊親にとって子供は何なのかr司けることは一般にはできません。子供に与えたもののすべては決して親には帰ってきません。親と子の貸借関係は、常に親の側の赤字に終わり、これが次々に繰り返されています。親はあまり自覚しませんが子供を育てている間に親自身も人間として成長します。子供を育てなくてはならないという責任感、子供に対して愛情をもつことが、親自身を成長させるのです。、子供は、成長して親のもとから離れていきます。さびしいことですが、親はそれに耐え、子供の無事な成長を祈りながら、ともに過ごした共通の思い出を基礎に、与え、受けるという縦の関係ではなく、親しく信頼し合える人間同士の関係をつくっていくようにしなくてはならないと思います。親にも、子供にも人生は一度しか経験できないのです。誉戸■10イ■広報じようぼくi成功させよう科学万博つくば’85-860-

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