広報じょうほく No.221 1981(昭和56)年 9月
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舟多伽肘話一子供が他人に迷惑をかけたり↑一非行に走ったりすると「親の顔一が見たい」「親が悪い」などと一一言う人がいます。まして母親が一勤めに出ていようものなら、母一親への風当たりはなおさら強ま一ります。》家事以外に仕事を持つ母親が一増え、母親との「接触」の機会》が.少ない子供が多くなっていま》す。幼稚園や学校から戻っても一母親に迎えられない子供たちな《どがそうです。一こういう子供たちは交通事故一にあったり、非行に走るケース》が多いIという人もいるよう》ですが、一般的にいって、身の秋回りのことは自分でできる、留守番もきちんとする、弟や妹のめんどう見もいいといった、頼もしい子供の方が多いようです。ただ、表面的にはしっかりした子供でも、内部には不安や不満がよどんでいることがあります。ですから「うちの子は頼りになるの」・ごなとと放任しておくのではなく、ふだんから子供の話をよく聞いてやるとともに、休日など仕率のない日には、できるだけ子供との接触を心がけるようにしたいものです。また、子供が家に戻ったころに必ず電話をするなど、連絡を仕事をもつ母親へ一体冨は子一供との心の触れ合いを局密にして子供の不安や不満をとり除いてやりましょう。しかし、子供と顔を合わせる時間が少ないからといって、根堀り葉堀り子供を質問責めにしたり、また、毎日寂しい思いをさせているのだからと、おもちゃや金銭をむやみに与え過ぎるのも考えものです。母親が仕事を持っているという点では、共働きの家庭や父親のいない家庭に限らず、農業や商業を営む家庭などの場合も同様で、特別なことではないといえるでしょう。ですから、ことさら改まって「対話の時間」などと神経質になるよりも、一緒にテレビを見るとか、朝食だけは家庭そろってとる、顔が合わせられないときはノー●卜で連絡をとり合うなど、自然なかたちで子供との〃共通の場〃を持つことを心がけたいものです。各地に爪あとを残した台風十五号も心配したほどの被害もなく、台風一過、澄みきった青空がひろがり、残暑のきびしさの中にも、朝夕めっきり涼しさを増して、秋の訪れが身近かに感じられ、いよいよ実りのシーズンの致来です。すでに早生稲は黄金色に色づきあちらこちらの田んぽに張られた一へ一一…全一÷~一一…一一ー--ー…一二二一へ一一一一一一、ー一一Qユー今,~防鳥テープが、爽かな風にゆられてキラッキラッと閃光を放って、案山子に代って初秋の稲をまもる風物持です。今年は、労力不足から、永年耕作してきたタバコ作り膳終止符を打って、今までタバコ作りに打ち込んできたエネルギーを、一般作物にうちつけてみようと心がけたせいもあって、自分なりに満足のゆくできばえです。穂首を重く垂れ穂揃期に入った「コシヒカリ」や詞大空」の田んぽや腰まで伸びた「ゴボウ畑」、いつの間にか葉のしげみの中に、ひっそりと紫色の花をつけている集団転作の大豆畑、干害に強く盆裁に似た一株一株が整然と並んだ落花生畑l特に嬢しかったことは、早朝と夕方おそくまで連日の溌水が効を奏して干害から隆稲をまもり得たことです。今、実りのシーズンに入って、春から夏にかけて激しい野良仕事の明け暮れだったことを振りかえり、その労苦が生産のよろこびで満たされようとしています。主な農作業が一段落して、農家にとって、今が一番ゆとりのある時です。ゆったりとしか気分になって、朝夕田んぽや畑の作物を見廻ることが、私のなによりの楽しみです。この楽しみは、それぞれの分野で働く人びとが、網魂こめて努力し、近ごろふくあちこちで聞く話しですが、何を作っても生産過剰、価格が不安定で農業ではとても食べていけないと愚痴》をこぼし、漫業を自らさげすむ傾向がありますが、たしかに農業を囲む内外の情勢は、決して明るいとはいえません。けれど、職業に自信と誇りをもてないほど、みじめなことは狸いと思います。私は、農業を損得だけで考えず生産する〃よろこび〃を加えて、経済的な矛盾をも生活の豊かさに結びつけ、股業に窯びをもてる毎日でありたいと思っています。}ての目的を達した者の味わう共通一i・の〃よろこび〃では‐ないでしょうF司ー--両一・..、---一二一息!-1■●。■一ら凸……………,急忠一_ニニニニユ認土二一M…-432-
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