広報じょうほく No.205 1980(昭和55)年 6月
10/12
し(と心はおとなだけのものではありません。気づくことが少ないだけのことで、幼児もやきもちやきます。を子供のしっと心は、たとえば一上の子が、新しく生まれてきた赤ちゃんに対して現れることがあります。それまで母親を独り占めしていたのが、赤ちゃんの登場で事悩は一変します。その結果、上の子はミルクをほ乳びんで飲みたいとだだをこれたり、オシメをしてほしいといったりします。また、乳幼児の言葉を使ったりすることがあります。毒撫鄭愈対話F可ス部の員となってこのような状態は「退行現象」きな梢神的後遺症となって現れと呼ばれ、母親の関心を自分に向ることもあるといわれます。けさせたいがための行為で、しっこのようなしっと心を抱かせと心からくる「赤ちゃん返り」とないためには、赤ちゃんが生まいわれるものです。れる前から、よく子供に言いき上の子にとって、赤ちゃんはうかせて心の準備をさせておくこイバルといってよい存在です。でとが大切です。すから単に一あなたはお兄さんなのだから、がまんするのですよ」といったぐらいでは、なかなか納得しないことが多いようです。このしっと心がたまりたまって、ゆがんだ欲求不満や劣等意識となって子供の心に宿り、成長後、大石塚後藤妃呂子やきもち赤ちゃんは〃ライバル〃r~マとが大切です《》そして、家族間の役割りと立場をはっきりさせ、一人一人が納得のいく形で日常生活を営むようにしたいものですね。夫の勤めの関係上、二・三年のサイクルで転勤となり、常北町の住人となって四ケ月が経ちました。最近は、新しい土地に足を踏み入れると、その土地柄や人柄のおおよそを知る事ができるようになりました。当町は、飾り気がなく、どこか温か味があり、そして思いやりのある人僧豊かな人柄がひしひしと一伝わ一てきて胸が熱くなりました。この人間性豊かな傭緒ある土地に、又当分、お世話になることができると思うと嬉しくなります。わが家では、夕刻の団梁が唯一の情報源です。日中の話題は、その時に一度に花が咲きます。時には話題不足も手伝って、神経がいら立つ事もしばしばあり、他力本願ではストレスも解消できないと思い、常北町婦人コーラスの一員に加えていただきました。最初は〃わが家のニュースのレパートリーが少しでも増えればいい“と軽い気持ちでのぞみましたが、今となっては、美しいハーモニーをかもし出す。そのコーラス部の皆様との、すばらしい出会いに胸をときめかせています。月二回、日曜日の夜の限られたわずかの時間に、食事もそこそこに息をはずませて駆けつけての練習です。時には、音程が遮っているのにも気付かずに、夢中で大声を張り上げ、悦に入っている私。足手まといと思える私を心よくご指導下さいます山崎先生、ピアニストの猿田さん、そして会長の大内先生を中心として強い紳で結ばれ、まん丸い「和」が次第に大きな輪になって拡がってゆきます。その内容も一段とすばらしく、レパートリーを増え、学生時代が建ったような楽しい気分で実にさわやかです零終了後は、雑談する余裕もなく三三五五、慌しく家路につきますが、心地よい余韻を残し充実感でいっぱいです。この雰囲気を大切に胸に秘め、常北町の皆様と共に心の「和」を広げ、ハーモナイズされますことを念願し、その一員となり、すばらしい出会いができましたことに深く感謝しながら、このコーラス部の発展を切に祈るものです。庭常北町新生活運動推進協譲会1◎かぢだを大切に。梅雨期を迎え雪灘溌-226-
元のページ