広報じょうほく No.200 1980(昭和55)年 1月
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作ったことである。小屋といっても、木と木の間を縄でぐるぐる巻いて、その外にムシロを張り、屋根は、木の枝を乗せ、その上に古いトタン板を覆っただけなので、少し強い風でも吹いたものなら形がなくなってしまうような、ちっぽけなものだった。だけど、親には内緒で、ムシロやらトタン板やらを持ち出し、みんなで何日もかかって作った小屋なので、完成した時は、とにかくうれしかった。今でも、たまに裏山へ行くと、必ず、その場所へ足が向いてしまう。そこには、そのとき堀った穴昭和三十三年一月・一広報じようほく」の創刊号をだしたとき、発刊のことばに、広報の使命等を解説し、あくまで、住民に親しまれる機関紙として伸びてゆくよう希望意見を述べた記憶がありますが、当時を偲び感無量なるものがございます。‐の跡か残一一てりて一あの頃侭楽しかったな..…凸なんて考えてしま、「。〃○オモチャを使った遊びはできなかったけれど、竹馬を作ってもらったり、雪が降れば、ソリを作ってもらったりして、楽しく遊んだものである。私の子供の頃とは、そんな遊びをして、毎日を楽しんだものだった。の紙上でのコミニ一三ノ・名.。…(雪一くりに果した役割は、極めて大きいものがあったと確信いたしております。あれから二十二年の歳月が流れこの一月号をもって第二○○号をかぞえることになりましたが、その間、好余曲折はありましたもの一一一一》((》一一(一一〉》。。。広報じようほく二○○号を記念して町長大高秀男。ここに八○年代の初春を迎え二○○号記念特集号が、ユニークな発想のもとに計画され、町民の意見を褐戦し発刊することは、誠に意義深くご同慶にたえません《行政需要の複雑多様化の中にあって、町民生活に密着した行政を推進してゆくためには、種極的に必要かあります【従いまして、町政を進めてゆく上で、広報の果す役割りが非常に大きいわけであります。特にこれからの広報紙は、町の新しい施策や制度の改正を紹介する解説記事のみでは、真の目的達成にはなりませんので、これを契機に、更に編集技術の向上を期し、町民に親しまれる広報紙づくりに行政への住民参加を求め、理解と協力を得なければなりません。それにはまず、町の行財政の実情を住民に対して正しく伝達PRする努力してまvnまずので原稿の寄稿等も含めまして、町民各位の尚一層のご協力をお願い申し上げ●一■--旬F一▲往時をしのノ3滴線放送5車ユー豆率一一一奄云一恵ハーも一垂>もー云禿一℃事…季ニーーロや私…一軍…ー■ー享孟ーー▼毛。入園できる基準次の各号に該当する方。ただし母親以外の人が面倒をみられる場合は除かれます。▼母親が家庭外に勤務しているため保育ができない場合。▼母親が家庭内で家事以外の仕事をしているため保育できない場合。▼母親がいない場合。▼母親が出産、病気等で保育できない場合。▼母親が長期にわたる病人等の看謹等にあたり、保育困難な場合。▼火災や風水害等の不幸があり、その復旧の間、保育できない場合。▼その他、保育できない事柵がある場合。○申込方法役場福祉課にある申込用紙に記入押印のうえ、必要書類を添付し、直接、福祉課へ申し込んでください。、添付書類給与所得者は、昭和五十四年分の所得税源泉徴収票、受付期間昭和五十五年一月四日より一月三十一日まで●入園決定三月、その他詳細については、福祉課にておたず●ねください。口、卸■Q■■一■ローーー韓一'■■一一一や一一や吟.α■,-ごー●一t*一一一一一一酋一季一角垂幸一郡一一…毎一己一一・へ凸--詮一一一一一U一一一一画一一・画_.■---_●早=_・毎全__一"画一_可---。__■・_---.----邸一望u一画,.----,---------一壷一望.Pー1...■。ローローーー一・・■..、■…一・……7…、参広幸反--ゼーーーローー守毎一●■a一一一二一一=■L-D--ま-う-ほ…ぐ・←…-…‘-雲一一=一言弓蚕言号芝一△=--■_ロー一画ローーーーー…-.-ユー己---口・--=----口--..--149-
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