七会村117周年記念誌 2005(平成17)年 3月
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片岡蔵之●プロフィール回密伺空午生まれ。2年前まで自営業に従事、今は農業を営む。そば生産組合員。人間味のあるこの地域飯村仁一●プロフィール昭和34年生まれ。18歳から郵便局に勤め転勤で全国実回り、現在は水戸勤務。戻ってみればふるさと07しばらくサービス業をしてしたのですが、今は農業に切り替えました。そば生産組合に入て、常陸秋そばの栽培もしております。私たち組合員がつく-たそば粉が使われている「物産センター山桜」のそばを、一ひ味わってみて下さい。七会には、やはり人間の心がある、人間味があると思う。そういう部分を大切にして行くために、古くから伝わる芸能の「源太おどり」の保存活動を続けています。閉村式でも舞台で披露しましたが、出演者全員の呼吸が合わなければダメだし、子供た一にとっては大勢の人の前に立ついい経験にもなるはずです。08就職する時に、どうしても村を飛び出したいという思いか強かったですね。当時は“イシシの出る村,,のイメージがあって、それが嫌で、行く先はどこでもよかったんです。横浜にも4年半いましたし転勤で各地を回りましたよ。水戸勤務になって七会で暮ら一ようになったのですが、戻っ一みると「やっぱりふるさとだなと実感しますね。守り伝えたいことの最たるものは、なんと言ってもこの自然環境でしょう。私は、あれもこれもといろんな施設を整備して欲しいとは思いませんね。唯一あるとすれば、水道未整備地区の解消ぐらいでしょうか。■‘。Kユデ富田幸雄●プロフィール昭和44年生まれ。キノコ栽培の専門学校く鳥取)を卒築こ七会に戻り、社会福祉協溌会勤務、安心でアットホームな七会山口香織●プロフィール昭和59年生まれ。千葉県柏市の短大を今春卒業、銀行勤務。支え合い穏やかな人々|七会とわたし05専門学校卒業後、盛岡でキノコ栽培の指導員をしていましたが、27歳の時に長男ということもあって七会に戻りました。しばらく離れていて、また住んでみると、ホッとするのが七会の魅力ですね。何もないところといえば確かにそうだけれど、治安の面でも安心だし、アットーホームな雰囲気がある。指導員の時に栽培農家のお年寄りとの付き合いが多かったので、その経験が今の福祉の仕事で役に立っています。人口の27%が65歳以上の七会だけに、福祉はやりがいのある仕事です。父がシイタケ栽培をしており自分も勉強したこともあり、休日は手伝いもしています。06自然がとても豊かで、空気がきれい、それに星を眺めるんだったら七会が一番だと思います短大は電車で2年間、自宅から通いました。マスコミ関係の学科で勉強したことを、これからの仕事にも何らかの形で生かして行きたいと思います。七会という名前が無くなってしまうのは、本当に寂しいのですが、人と人とが支え合う人間関係の素晴らしさ、暮らしの場としての安心感、それに高齢者が多い地域ならではの穏やかでゆったりとした人々の心……そういう、ほかの地域にはない優れた部分はこれからもそんなに変わらないと思うし、また、大事にしたいですね。男は、ちょっとぶっきらぼうなところがあるけれど、素朴で正直者が多い女は、ちょっとはにかみ屋で控え目なタイブが主流だが、気がやさしくて美人も多い澄んだ山の空気と良質の水、さんさんと降りそそぐ陽の光り、あふれるばかりの緑の風景それらが育てた七会人気質。合併の節目に際して、大切にしたい地域の良さ、これからはこうあつx欲しいというふるさとへの希望と夢、などを語ってもらいました。

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