常北町施行50周年記念誌 2004(平成16)年 11月
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霞【昭和53年一昭和54年了新たな明日への夢に向かつー町民と灘議識篭競’一体となった町政へ』■■■四F-7画.二一一一ー~室型ー”一国百画■一一・一一、ー種ユ,-①昭和53頻度より開始された「動く町民教室」詞回目の様子(昭和53年)②「声の広報じようほ<」を発行、希望者にカセされた53年)ツト毒捌同した(昭和53年)広鯉胤鯉直繍Wから出発した「動く町民室」は、昭和53(1978)年4月、新企画としてスタートを切りました。町民と行政担当者が一蒲にマイクロバスに乗って町内を一周し、町の施設や史跡見学などをして交流を深め、帰着後に対話集会を開いて、自由に意見や要望を出し合うというものです。第1回目はバスも満員となり、車内では和やかなムードのなか、行政の話題や疑問、仕事の話に花が咲き、集会では参加者全員から貴重な意見や要望が出されました。この「動く町民室」は回を重ねるごとに対話集会で多岐多様な意見や問題が出されるようになり、蓋実な成果を上げていきました。また、町では行政と町民との間を結ぶパ筆プ役として毎月-1画I「職報じようほ<」を発行舌る一方で、I司年から::が不自Illで読みたくて‐きめ細かな住民サービスをと、旬報を創刊(昭和54年も読めない人のためにカセットテープに吹き込んだ「声の広報じようほくの発行も始めました。さらに昭和54(1979)年からは、広報紙の広報告知板を廃止して旬報に刷新し毎月5日と20日の月2回発行で、い-早く旬の行政情報を届けるしくみに切り替えました。総合運動公園に県内でも珍しい6面のテニスコートが完成(昭和54年)10糸,心つなぐ.ほろかなろ里_.

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