常北町施行50周年記念誌 2004(平成16)年 11月
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鐙【昭和47年一昭和48年新たな明日への夢に向かって新しい謝嘉綴蕪蕊繍農業の時代へ前進鰯山間急傾斜地帯県単土地改良事業が上入野梅作地区、青山石神地区、小坂地区の3カ所ではじまる(昭和47年)f西河、農業委員会の主催で農政研究会開催(昭和48年(小松地区簡易水道事剰(昭和47年)③小松地区簡易永道機塘完成、EEH人に給水をはじめる(昭和48年)町鰐麓鍵蕊警時代の流れもあり、携わる人々の高齢化や減少が進みつつありました。町でも、こういった時代の流れに沿った農業の近代化を進める必要性に迫られており、昭和47(1972)年10月の農業振興計画による農川団地29カ所の設定、昭和48(1973)年の農政研究会|荊催など、近代農業に向けた動きが活発になってきました。また、町の特産として名高い古内茶も、この頃に栽培而秋が急増、生産が本格化していきました。これを受けて昭和47(1973)年4月、古内茶生産組合が結成されることに糾峯心つ鞍(・、12るかなろ皿蕊蕊蕊議蕊なり、販売も軌道に乗り始めたのですゞこれら農産物の生産に欠かせない水の供給源でありながら耕地に水害をもたらしてきた藤井川。この藤井川の氾濫を防ぐため、昭和31露§水などの水需要が増していたこともあり、治水と利水の両面から新たに多目的ダムへの改修工事が始まることとなったのです。昭和47年のことでした。年には防災ダムとして藤井川ダムが完成していましたがそれ以降も中小規模の洪水がほとんど毎年のように起こっていました。ちょうどこの頃農業はもちろん生活、工業用藤井川防災ダム、多目的ダムに改修工事若手(昭和47年)

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