じょうほく議会だより 第15号 1979(昭和54)年 8月
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出来る地域はすでに限界に尋亀商店街を見ても今日の生活状況から杢戸市方面に客の流出等で利剛も少なく、石塚地区を発歴にむすびつけるかは柑北町発歴にもつながる。そこで現在の石塚地区の股振地区の配応と尚かつ都市計画により狭い石塚を広く効率的に活綱出来ると考えられるがどうかq郁市計画煙ついて現在の考えを伺いたい。併せ都市榊画と共健是非推進されたい私案が凶点ありますので検討され実現されたい。①茨城交通軌道雛を迩雌として活用、利剛不可能の土地を利用可能としてはどうか。②石塚地区の、町、束陳の耀術をされたい。特に東原は、利用方法を談ると町発歴が灘めないと言われる。すでに住宅も趣殺されはじめたので、恭本掛剛を樹立され又、田町地区は現状は逝路も狭く危険であり、火災等緊急発生畔に大きな披群も予想されるため、繁術をお噸いしたい。③専売公社倣地の公共剛地として活剛してはどうか。中央公民館、町民プール、災蒋の時の緊急避難場所等多くの利用価賦が商い。是非この地の利用計画立案をされ、今後班北師一一手弄画一(呼一一“》』“踊一さ牢早一幸嘩一埜唾》一一」韮》出色《F一一一一口『一・・一部一討をされたい。④薬師寺域内西側から通勤公則の田郡藩用しての観光側発券されてはどうか。各季節の花を架しむ、観光州発をすることにより、町発歴、石塚地区発腰に役立つと考えられる。以上四点について提言をしまして、実現されることにより町の財産づくりにつながり、住民の生橘華盤の鑑揃を充分にすることにより、圃由活発な創意工夫により、町発展をされると■夕面。、雫フ・力次に中規模レクリエーション基地の建般について地元柑北町の熱意が大平であるものと思われるため、町全体で各界錘各瑠による活動の組識づくりをし、その運用されてはどうか。次に農政についてですが、今↓日の農業経営は非稚な危拙状態に来ているといわれるほどで、町畳は当而の鍛大の課題は水田再編対筑であり、更に稲作転換を推進することが食祷制庫を存続させ、農業経営の安定につながると述べているが、昨年は大干ばつ、今年は艇作物の価格の不安定と鍛愁の状態を雌迷している。こういった天災と人災が一緒に来たような現状が今日の縫業経営ではないか。戸こうした農業経掌琶脱出するため、農家に不足している適確な儲報がないということではないか。例えば作物の市場価格はどうなっているか。来年の帳鍾血械は他の地域ではどうか、秤の僻報に華ずいたデーターを生康者に伝え、時代に即した継営摘郡をやるべきではないか。又挫業技術夕0が進歩した現在、どんな蝿所においてもほとんど作物が生産できる承うになり、これが今日の生産過剰を生んでいると思う。しかし、過剰だからと生漉をやめるわけにはいかないので、良品徽の作物を安い経費で生産するのが、今日の農業であり、現代瀦澱者の食生活に合った農作物諾生産する経営をしてはどうか。次に消防について伺いたい。現在の澗防防災は団員の献身的な努力により火災発生も飛小限にとどめ感謝を中しあげたい。しかしながら団員が献身努力されても限界があり、団員は艇作業・商業とそれぞれ職業に従卒され、火災発生して、日唖剛練され修得された技術も発揮できない鋤合もあるため、荊設浦防の設概案もあるが、当面は役場職員による満防班を細成しやその任に当たられ活動され、被害■F》一酔辛一色評郡一軒睡一■■↑■〃、申辛呼■■妄』託哩一■一一睡全一叩諏(咋一』幸くい消防活助の爽現をされたい。最後に雛員選挙について伺います。来年の一月柾剛赫了による識戯選嬢が予定されるが、魂亦、昭和囚十九年十二吋二十流Ⅱに改正され、定数二○名になっているが、私は先の袖欠選挙に立候袖し、多数の町民と接し呼政について意見を伺”たが、議員定数を減少させてはどうかと意見が非荊に多く、一あ際執行機関の方で充分に研究されてはどうか要望します。町長先ほどの誰員の費用弁償の件ですがや定例会は四回で十九日、延三六一名、臨畔会は九回で一○日、延一九○名、委員会は十四回で十四日、廷一二六名、合鼓ハ七七名で一日二、○○○円で一三五万四千円になりますが、条例規則等、郁々ありましたが、地方自治法一己三条は議会の搬貝の他各郁示菖暴評の委員に対し報酬及費用弁侭を支給しなければならないと記赦されるが、識員以外は日額で支給するのが原則だが、町条例により稀例の定めをした蝿合、この限りでなく、縫業委員、教育委員が月額支給をとり、他はおおむね日額あるいは年誠支給している。鋪三種については轍務を行う為饗する晩用の弁侭は受けることか出来るとされ、第五唖には報酬及賀用弁侭は条例で定めなければならないので条例化をして支給されるので、御了承下さい。石塚地区の開発については御窓兇を充分参考にしていきたいと思います。それから磯娠地域及都市叶画に関してですが、現在の鮭振地域は都市群画に彫群を及ぼしているとは考えていないので、多少のくいちがいはあるようですが田園都市としての開発という点充分検討したい。次に茨交の軌道敷跡を道蹄としての利用諦画はないかとのことですが、これについては、鉄道が廃止の段蹄において園において国遮のバイパス道端としての機能を発抑させることを念願し、町としては緋村塊から新町那珂西から藤井町境までを隣按町村、地域住民の利便をはかるため買収したが、那珂西から石塚新町間については国遊一二三号線のバイパス遊路として適当ではないか県葬関係機関へ伽きかけています。これが実現について努力してまいります。②の石塚地区の蕊備についてですが、全く御指摘のとおりで、今携一充分検討させて頂きます。戸③の専売公社敷地の公共利用ですが、今銭充分検討してまいりますが、現左連動公邸の整価中にあるため経喪浄かけなければならないし、早急に通勤公園の整術をはかり、町民の運動の場として充分活用できる方飛を雛じなければならない。④の薬師寺西側の開発についてでずが、今後御窓兇の観光朋発については充分考砥し、当地域のの土地利用について械討していきたい。次に中規模レクリエーション基地建設のための活動組織づくりの御意見ですが、これが運営についての組織、あるいは組繊をいかに連用して充分な活用をはかるかは、今綾町の重大な測皿であり、充分御指摘をいかし是非つくりあげたい。次に農政についてですが、御振描の点、全国市町村、農協、農業秀殿会葬と系統機関をあげて食審制度だけは是非守りぬきたいと考えている。当町の農業は水稲に依存している面は決して多くないが、米‐は価格の安定した作物であり、価格の安定は鉦税できない。そうした観点から食管制座を維持し腔業経営の安定の住とすることでないかと考えている。又、適地適作について当地域に最も-10-
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